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メールマガジン「法円坂」No.258 (2022/10/17)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)



 10月と言えば昔は10月10日に固定された「体育の日」でした。今は移動祝祭日
となり10月第2月曜日が「スポーツの日」となっています。いずれにしても、健
康のためスポーツする機会をもちたい季節です。でも今はしばし身体を休めて、
メルマガをお楽しみください。
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   メールマガジン「法円坂」No.258 (2022/10/17)
          (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院 長  松村 泰志
 ・消化器内科科長 就任のご挨拶 
 ・「入院センターで薬剤師面談はじめました」
   ~お薬手帳の正しい使い方について~
 ・看 護 の こ こ ろ
 ・研 修 医 日 記

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       院 長  松村 泰志   緒方惟準先生の生涯を追いかけて
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 先月は、看護学校で医学史の講義をしましたので、それに関わる記事を書きま
した。この記事では日本の医学史には触れませんでした。日本の医学史となると、
私達の始祖である緒方惟準(これよし)先生のことにもなり、つい長くなってし
まいそうでしたので、敢えて外しました。ですので、今月は、緒方惟準先生のこ
とに触れながら(1年前にも記載しましたが)、日本の西洋医学の始まりについ
て記事に書きたいと思います。実は、私は、緒方惟準先生のことを知りたいと思
い、中山沃著作の緒方惟準伝を購入していました。これを読んで分かったことを、
今回の記事の中で紹介したいと思います。
  日本の西洋医学は、長崎医学伝習所(後に長崎養生所、精得館)に始まりまし
た。緒方洪庵の嫡子である緒方惟準は、意外にも洪庵の目を盗んで越前の洋学館
長の伊藤慎蔵の下でオランダ語を学びました。当時、長崎医学伝習所で、オラン
ダ人軍医のポンペ、その後任のボードウィンが、日本人に対し医学を教えていま
した。緒方惟準は、頼み込んで長崎医学伝習所に入れてもらい、熱心にオランダ
医学を学びました。1866年(慶応2年)、ボードウィンに伴ってオランダのユト
レヒト大学に留学する機会を得ましたが、幕府が瓦解したため1868年(明治元年)
に帰国し、その後、東京の医学所(東京大学の起源)の取締を命ぜられました。
しかし、2カ月で辞して大阪に戻り、明治2年2月、大福寺(現・大阪市天王寺区
上本町4丁目)に浪華 (なにわ) 仮病院を設立し、医師の教育を始めました。明
治2年9月に、現在の大阪医療センターの地に病院を移し、11月に医学校を設立し
ました。緒方惟準は、初代の院長となり、オランダの軍医ボードウィンとともに
医学校病院を運営しました。この時、京都で刺客にあった大村益次郎がこの病院
に入院し、右大腿切断手術を受けましたが敗血症で亡くなりました。このことを
記した「兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑」が大阪医療センターの南東の角に
立っています。大村益次郎は亡くなる10日前に三条実美に書状を送り、緒方惟準
の活躍ぶりを知らせ、軍人のための専用の軍事病院の必要性を建白しました。お
そらくこのことがあって、医学校病院は国の管轄とされて大阪医学校・病院とな
り、更に、明治3年2月19日に別に軍事病院(現大阪合同庁舎第一号館等所在地)
が創設されました(翌年大阪城本丸内に移り、明治19年に京橋前之町(現大手前
病院)に移り大阪衛戍病院と改称)。緒方惟準は、この軍事病院の初代の病院長
を兼務しました。大阪医療センターを含め、現在の国立病院機構の病院の多くは、
陸軍・海軍病院が戦後移管されてできた病院です。そのルーツをたどると、この
大阪城内の軍事病院となり、緒方惟準先生が初代院長ということになります。
  財政的な理由で国管轄の医学校は東京の1校にする方針となり、明治5年に、
大阪医学校は大阪府の管轄となり、場所も北御堂内に移されました。これが中之
島に移され、大正4年に府立大阪医科大学となり、昭和6年に帝国大学になり、現
在の大阪大学となりました。大阪大学を帝国大学にするために奔走されたのが楠
本長三郎先生と後に国立大阪病院第2代院長となられた佐谷有吉先生でした。昭
和15年に「兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑」が建立され、楠本長三郎も発起
人に名を連ねています。国立大阪病院は、現在の国立大阪南医療センターがある
地にありましたが、佐谷先生が大阪市内に移設すべきと考えられ、昭和22年に現
在の地に移転してきました。おそらく、佐谷先生は、「兵部大輔大村益次郎卿殉
難報國之碑」が立つこの地が、大阪の医療の発端の地であり、大阪大学にとって、
また、国立大阪病院にとって重要な場所であることを知っておられ、この地を選
ばれたのではないかと推測します。
 さて、明治維新当初、日本政府内では、日本の医学をイギリス医学から学ぶか、
ドイツ医学から学ぶかの議論がありました。イギリスのエディンバラ大学出身の
ウィリスが官軍の軍人外科医として活躍し、この功績を評価し、イギリス医学を
導入しようとする声が大勢でした。ところが、相良知安らは、ドイツ医学が良い
と強く主張しました。イギリス医学は臨床を重視する医学、ドイツ医学は研究室
医学でした。結局、相良知安らの意見が通り、明治維新後の日本ではドイツ医学
が導入されるようになりました。当時、アメリカでは「臨床医学」と「研究室医
学」の調和の上にアメリカ医学を確立していきましたが、日本では臨床医学が軽
視されてきた歴史的背景があり、現在もその尾を引いています。
 高木兼寛にも触れたいと思います。高木兼寛は、鹿児島医学校でウィリスに師
事し、エディンバラ医学を学び、更に、ロンドンのセントトーマス病院に留学し、
イギリス医学を持ち帰りました。高木は、海軍の医療の中枢を担っていましたが、
当時、長期の実習航海で多くの脚気の患者が発生し、死亡者がでていました。高
木は、脚気は栄養の問題と突き止め、食事内容を変え、これにより海軍では脚気
の患者が激減し、脚気で死亡する者はいなくなりました。明治15年、高木の主唱
により、病に罹っても資力がなく治療が受けられない窮民の救療を趣旨として有
志共立東京病院が開設されました。これが明治20年に東京慈恵医院と改称され、
高木兼寛が皇后陛下から院長の命を受けました。
 緒方惟準は明治4年から陸軍の軍医となり、明治18年には陸軍軍医学会長兼近
衛軍医長となりました。緒方も脚気が栄養の問題であると理解しており、予防策
に麦飯給食を強く勧めましたが、軍上層部はこれを受け入れず対立し、緒方は明
治20年4月陸軍を辞しました。陸軍では、日清戦争で脚気による死者が4千人と戦
死者をはるかに超え、日露戦争でも2,8万人が脚気で死亡しました。緒方は、帰
阪後、大阪にて緒方病院を開設し、明治21年、有志の医師たちと大阪慈恵病院を
開設し、窮民のための医療を始めました。
 緒方惟準先生の生涯を追うと、日本の西洋医学の幕開けの様子が分かり、私達
のルーツを知ることができました。オランダから西洋医学を学び、明治初期に西
洋医学を広めようと、熱心に医師の教育に取り組まれました。軍ができ、軍病院
が設立されて整備されていき、大学では、ドイツ医学が導入されていきました。
イギリス医学を学んだ高木兼寛先生は、窮民を救うために東京慈恵医院を開設し
ました。緒方惟準先生も陸軍を離れて、大阪の地で、窮民救済を目的とした医療
活動に戻っていきました。緒方惟準先生は、正しい医学知識を習得した医師を育
てながら大阪の人々を助けることに情熱を注いだ人でした。人生の間では、国か
らの支持を得て華々しい経歴を積んで来られましたが、私は、むしろそうなる前
後の自らの意思で活動されていた時にこそ、緒方惟準先生の真摯な熱い思いを感
じます。私は、緒方惟準先生の思いを、佐谷有吉先生が引き継がれたように思い
ます。戦後、大阪陸軍病院は国立大阪病院となりましたが、佐谷先生は、昭和22
年に現在の地に移転させ、大阪市民のための病院として、医療者を育成しながら
医療活動を行う病院として出発させました。緒方惟準先生が、この地で大阪医学
校病院を開設した当初の思いが、同じ地で引き継がれ、今も継続していることを
感慨深く思います。

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                       就任のご挨拶
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                                                       消化器内科科長 
                                                           阪森 亮太郎 

 2022年9月に消化器内科科長として着任しました阪森亮太郎です。着任したば
かりですので先ずは自己紹介をさせていただきます。私は1999年に大阪大学医学
部を卒業し、大阪大学第一内科に入局しました。大阪大学医学部附属病院で1年
間研修したのち、2000年より大阪医療センターで4年間研修させていただき、そ
れらが診療力の礎になっています。研修を終えた2004年に大学院に入学し、ノッ
クアウトマウスを用いた肝臓の基礎研究に専念しておりました。学位取得後には、
米国ペンシルバニア州フィラデルフィアのUniversity of Pennsylvania(ペンシ
ルベニア大学)とニュージャージー州ニューアークのRutgers University(ラト
ガース大学)に約3年間留学する機会を得、大腸のがん幹細胞の基礎研究に没頭
していました。2012年に帰国した後は、大学で主にウイルス性肝炎や肝硬変、肝
がんなどの大規模コホートを用いた臨床研究に従事するとともに、大学病院での
肝胆膵診療をマネジメントしておりました。そして、大阪大学消化器内科学 
竹原徹郎教授のご推挙を賜り、このたび消化器内科科長として18年ぶりに古巣に
戻ってきた次第であります。これまでの経験を大阪医療センターでの診療や後進
の育成に還元していきたいと思います。
 現在、消化器内科領域では、肝炎ウイルスに対する抗ウイルス薬、免疫チェッ
クポイント阻害薬を含む抗腫瘍薬、炎症性腸疾患に対する生物学的製剤など新規
薬剤の開発が目覚ましく、治療困難であった疾患に抗う術が増えてきています。
また内視鏡や超音波など画像モダリティの進歩に伴い、より鮮明に病変の情報が
得られ、安全かつ確実な治療が目指せる時代になってきました。一方、消化器疾
患は他診療科や他部門との協力・連携なしでは診療が成り立たないことが多いの
ですが、大阪医療センターの消化器内科は多くの診療科、診療部門に囲まれてお
り、診療の幅に制限が少ないことから、最新の知見に基づいた適切な診療を提供
することが可能だと考えています。消化器疾患でお困りの際、ご相談いただく第
一選択として皆様に当科を想起していただけるよう日々精進してまいりますので、
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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「入院センターで薬剤師面談はじめました」~お薬手帳の正しい使い方について~
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                            薬剤部 製剤主任
                                                            長谷川 英利

 突然ですが、皆さんはお薬手帳をお持ちですか?
            お薬手帳を普段から持ち歩いていますか?
       病院ごとにお薬手帳を分けて作成していませんか?

 当院の入院センターでは、入院を予定されている患者さんが入院後の生活や治
療経過を具体的にイメージでき、安心して入院治療を受けられるよう入院前支援
を実施しています。
 入院センターでは薬剤師も活動をしており、2022年1月より周術期患者さんを
対象に面談を開始、同年6月からは対象を一気に拡大して、ほぼすべての患者さ
んを対象に面談を行うようになりました。
 薬剤師面談では、予約入院患者さんの常用薬や市販薬・健康食品・サプリメン
ト等の把握、薬剤管理状況の聴取、副作用・アレルギー歴の確認、術前・検査前
休止薬のスクリーニングと休薬説明を実施しています。術前休止薬のスクリーニ
ングについては、入院後の手術の中止や延期を防止し、患者さんと病院双方にと
って不利益を回避する重要な業務となっており、紹介患者さんの多い当院におい
ては、他の医療機関で処方された薬を持参されるケースも多く、その鑑別は薬剤
師が専門性を発揮できる絶好の機会ともなっています。実際に薬剤師が術前休止
薬を発見することも多く、主治医や他院処方医に確認のうえ適切に対処すること
でリスクを未然に回避できており、薬剤師が介入をはじめてからは服用薬剤の把
握漏れによる予定手術の中止・延期は発生していません。
 そんな中、我々が対応に苦慮しているのが “お薬手帳を適切に利用できてい
ない方”への対応です。
 2020年に内閣府が調査した世論調査では「お薬手帳を利用している」と答えた
方は71.1%とかなり普及しているように思えますが、“適切に” 利用できてい
る方は一体どのくらいおられるのでしょうか?(冒頭にお伺いした内容をいま一
度ご確認してみてください。)
 入院センターでは、急遽入院が決まった患者さんがやって来られることも多く
ありますが、お薬手帳を持参されておらず服薬状況を十分に確認できないケース
も少なくありません。
 安心・安全な入院生活を送るためにも、以下のポイントを心掛けてみませんか?
	◇◆----------------------------------------------------◆◇
	  ポイント1:お薬手帳は1人1冊!
	  ポイント2:お薬手帳を作ったら、常に持ち歩く!
	  ポイント3:通院の際は必ずお薬手帳を提出する!
	◇◆----------------------------------------------------◆◇
 お薬は使い方を一歩間違えると健康被害につながってしまいます。
 お薬手帳を正しく使用して、お薬を安全に使用していきましょう!!

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            看 護 の こ こ ろ        
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                           救命救急センター 副看護師長 
                              大津 あやか

 金木犀の香りが漂う頃となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
 私は看護師9年目となる今年4月に副看護師長へ昇任し、同時にCCU(Coronary 
Care Unit:冠疾患集中治療室)から救命救急センターへ異動となりました。ま
だまだ不慣れなことも多く戸惑うこともありますが、周りに助けていただきなが
ら学びの多い日々を送っています。
 これまでたくさんの患者さんやご家族と関わってきましたが、その中で印象に
残っているAさんとご家族のお話をご紹介します。集中治療室では面会時間や面
会者の制限があります。特に小学生以下のお子さんの面会は、感染や子どもの心
理的衝撃、患者さんの安静保持などの観点からご遠慮いただいています。Aさん
は心不全を合併した心筋梗塞でCCUに緊急入院し、心臓への負担を避けるために
ベッド上の安静を強いられていました。入院前は、共働きで忙しい娘さん夫婦に
代わりお孫さんの面倒をよくみられていたということでした。学校へお迎えに行
ったり、一緒に遊びに行ったりすることが生きがいであると教えてくださいまし
たが、面会制限のため大好きなお孫さんと会えずにいました。全身状態が少し改
善してリハビリテーションが始まってからも、活気はなく意欲も低下し「なんか
もうどうでもいいねん。ちょっと動くだけでもしんどいし、思うように動かれへ
んし」と、なかなか前に進まない日が続いていました。Aさんに対してどのよう
な看護ができるのかカンファレンスを実施し、お孫さんの写真を持ってきてもら
うこととお孫さんにお手紙を書いてもらうことをご家族に提案してみました。持
ってきていただいた写真を部屋に飾り、お孫さんが書いてくださったメッセージ
にお返事を書く形でAさんとお孫さんの交換ノートが始まりました。交換ノート
には、学校での出来事や元気になったらまた一緒に遊びたいというお孫さんの想
いが綴られていました。お孫さんとの交換ノートを続ける中で少しずつAさんに
笑顔が戻り、治療やリハビリテーションに前向きに取り組むなど心情の変化が見
られるようになりました。交換ノートに励まされながら、お孫さんと遊ぶことを
目標にリハビリテーションに励んでおられた姿がとても印象に残っています。車
椅子でお孫さんと面会できた時のAさんの笑顔が今でも忘れられません。
 同じ疾患でもそれぞれの社会的背景や役割があり、病気に対する受け止め方や
考えも全く違います。患者さんやご家族の気持ちに寄り添い、1日でも早く入院
前の生活に近づけるように、看護師として何ができるのかを日々考えながら誠実
に向き合っていきたいと思います。副看護師長となったいま、スタッフの教育に
も携わりながら自分自身も一緒に成長していけるよう精進してまいります。
                                                        
ホームページ→https://osaka.hosp.go.jp/kango/index.html

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             研 修 医 日 記        
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                              初期研修医2年
                                                              中村 一輝
                              
  はじめまして、大阪医療センター初期研修医2年目の中村と申します。
 自分がマッチング前にこの研修医日記を見て自分の研修医生活を想像していた
ことを思い出します。簡単にではありますが研修医から見る当病院の研修プログ
ラムの良さについて書いてみたいと思います。
 当病院の研修プログラムの一番の特徴としては、選択期間が4ヶ月と短いとこ
ろです。内科や外科を回る期間が長く、その分じっくり教えてくださいます。私
の場合は消化器内科志望ですので、その分それ以外の内科を今のうちになるだけ
学んでおきたいと、特に循環器内科では志望ではないのに熱心にご指導いただき
ました。専門性が高度化している今だからこそ自分の志望科以外の知識、経験は
初期研修医のうちに学んでおきたい、そんな自分の希望を叶えてくれている病院
です。
 また、同期が13名とやや多めなことも特徴です。研修を始める前は特に気に
していなかったのですが、この人数が絶妙な人数だなと感じます。常にどの科に
も誰かしらがローテートしているので、何か困ったことがあればまず同期に聞い
てみるということができます。一方で、それぞれの科に多人数がローテートして
いるわけではないので症例や手技の取り合いといったことは起きません。何より
コミュニケーション能力が高く勉強熱心な同期ばかりなので、一緒に生活してい
るだけで自分の研修医生活を高めてくれています。
 つらつらと書いてみましたが、マッチングのサイトや口コミサイトにもどの病
院のこともさまざま書かれています。ただ実際に行くと少しイメージが違ったと
いうことも多いです。是非一度病院見学にいらしてください。お待ちしています。
                                                          
臨床研修のホームページ→
https://osaka.hosp.go.jp/kyujin/syokikensyu/nikki/index.html

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総編集長:病院長 松村 泰志
編 集 長:副院長 三田英治 平尾素宏
     看護部長 西本京子 
編   集:池永祐子
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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 日に日に寒くなっていきますね。インフルエンザにかからず、お過ごしくださ
い。では、11月(霜月)にお会いしましょう。

408-osaka@mail.hosp.go.jp

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