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メールマガジン「法円坂」No.265 (2023/5/18)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)




 令和5年5月のメルマガです。風薫るさわやかな季節となりました。とうとう、
新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが、5月8日から季節性インフルエン
ザと同じ「5類」に移行しました。このところの新規感染者数の増加傾向が続い
ていますが、一方で感染した際に受けられる医療の体制も大きく変わります。大
型連休後も基本的な感染対策を維持することは大切ですね。
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   メールマガジン「法円坂」No.265 (2023/5/18)
          (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院 長  松村 泰志
 ・小児科科長  就任のご挨拶
 ・私の挑戦! 
 ・国病で事務職として働く5
 ・看 護 の こ こ ろ
 ・研 修 医 日 記

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      院 長  松村 泰志  井上通敏先生を偲ぶ会を終えて
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 昨年12月の記事で、井上通敏名誉院長がご逝去されたことをご報告し、井上先
生との思い出を記載しました。ご葬儀は、井上先生の遺志により家族葬とされま
したので、有志で企画し、井上通敏先生を偲ぶ会を5月14日に執り行いました。
私は、この会の準備を担当させていただきました。貴重な経験でしたので、この
ことを記載したいと思います。
 改めて井上通敏先生の歩みについてご紹介します。井上通敏先生は、昭和37年
大阪大学医学部を卒業され、第一内科学教室に入局されました。情報科学研究室
のリーダとなり、この研究室は心臓の電気生理、心力学を加え、心臓グループの
一角を担うこことなり、更に、心臓超音波の研究グループ、心臓分子代謝グルー
プと統合して心臓研究室を作られました。部下のアメリカ留学への道を引かれる
などして世界に通用する研究室を目指され、多くの優れたリーダを輩出されまし
た。また、関連病院に対しCCUの設置を指導されるなど、大阪の循環器医療を興
隆され、今日の大阪大学循環器内科学教室の礎を創られました。
 昭和62年2月に大阪大学医学部教授、附属病院医療情報部長となられました。
当時は、診療録は全て紙に記録され各科で管理されていましたが、平成5年の新
しい阪大病院にインテリジェントホスピタルとの名前を付け、1患者1カルテ方
式を実現させ、本格的な病院情報システムを導入し、病院運用を効率化させ、診
療情報が共有化しやすい環境を整備するよう指導されました。平成12年から日本
医療情報学会の会長を勤められ、学会の法人化、医療情報技師育成事業の立ち上
げ等大きな改革をされ、医療情報人材の育成の礎を作られました。
 平成8年、国立大阪病院(現大阪医療センター)の院長に異動されました。こ
の時、薬害エイズの和解が成立し、薬害被害者の方々からの求めに応えて国立大
阪病院をエイズ診療の拠点病院とされ、病院を挙げてエイズ診療に取り組まれま
した。また、救命救急部を設置され、災害医療棟を建設され、災害医療にも力を
入れられました。医療安全や院内感染防止に取り組まれ、全国の国立病院の中で
最初に病院機能評価を受審する等、現在の大阪医療センターの基礎を築かれまし
た。「正しく、品よく、心をこめて」の大阪医療センターのモットー、3枚の葉
のロゴマーク、また、年報の作成、更には、このメールマガジンを始められたの
も井上先生でした。平成13年・14年に全国国立病院・療養所院長協議会会長を勤
められた時、国立病院を独立行政法人にする方針が決まり、その制度設計につい
て院長たちと厚生省の間に立って調整されました。
 この頃、府立の病院も独立行政法人化する案が出されました。大阪府立病院の
あり方検討会のメンバーになっておられ、国立大阪病院退職後、府立病院機構の
理事長予定者として独法化の準備にかかられ、平成18年初代理事長を勤められ、
現在の組織の形を作られました。
 平成25年には、大阪薬科大学の理事長をお勤めになり、大阪医科大学との合併
に向けた準備をされました。
 井上先生は、大阪大学循環器内科学教室、同医療情報学教室、日本医療情報学
会、国立病院機構、大阪医療センター、府立病院機構、大阪医科薬科大学と、現
在では大きくなった組織を生み出す仕事をされ、発展できるよう組織の基礎を作
られました。何よりも人材育成を重んじられ、大きな方向性を示しながらも、そ
れぞれの主体性を尊重し、活躍する様子を笑顔で見守っておられました。
 私は、井上先生が立ち上げられた心臓研究室に入局し、井上先生が初代教授を
勤められた医療情報学教室の大学院生となり、その後助手となりました。この頃
に井上先生から直接ご指導を受けました。その後、私は医療情報学教室の教授と
なり、途中で退職して大阪医療センターの院長となりました。振り返りますと、
これまでは井上先生と同じ道を歩んできたことになります。医療情報学教室の教
授になったのは、私の努力によるものと言えるかもしれませんが、大阪医療セン
ターの院長は、私の意図はなく、たまたまの巡り合わせでそうなりました。それ
が故に、井上先生との深いご縁を改めて思います。
 井上先生から直接ご指導頂いていたころ、井上先生は雲の上の人でした。しか
し、今、改めて井上先生が歩まれた道のりを辿りますと、過去の井上先生と現在
の自分を対比する視点が生まれます。井上先生は、生涯を通じ、多くの新たな組
織を立ち上げ、多くの新しいことを始められました。静かに考え、端的に分かり
やすく方向性を示され、力強く行動されていたと思います。一方、私は、井上先
生が示された方向性を具現化するような役回りであったように思います。私の場
合は、悪戦苦闘しながら駆けずり回っていました。端的に分かりやすく方向性を
示し、部下に任せるところが弱かったと反省します。同じ道を歩んできたとは言
え、中身は随分と違っていました。
 偲ぶ会で井上先生の奥様にご挨拶していただきましたが、その中で、井上先生
は照れ屋であったとお話しくださいました。まったくその通りでした。井上先生
は、自分が前に出てアピールするタイプのリーダではありませんでした。どちら
かと言うと目立つのが嫌いで、控えめな先生でした。それでも、常に、井上先生
をリーダに据えようと周囲が動き、その期待に応えて強いリーダシップを発揮さ
れ、組織を活性化させておられました。まさに将に将たる器の先生でした。どう
して、そのようなことができたのか、井上先生が、何気なく私におっしゃった言
葉にヒントがあるように思います。
 「人と合った時、その人から何が得られるかを考えるような人間ではダメだよ。
その人に、自分が何を与えられるかを考えるような人でなければならない。」
 こうおっしゃったのは、井上先生が50代の頃で、今の私より10歳ほど若い時で
した。井上先生の奥様に、井上先生が美しい字で写経された用紙をお持ち頂き、
偲ぶ会で飾らせていただきました。私は仏教のことは不勉強ですが、仏陀の重要
な教えとして、「慈悲心」「執着しないこと」があると思います。井上先生は、
宗教的なお話しをされることは皆無でしたが、先生の心底に仏陀の教えのような
ものがあったように感じます。井上先生は、常に、自分のためではなく、人のた
め、組織の発展のために行動されていました。高いポストに就きながら、そのポ
ストに執着されることなく、辞めるべき時がきたらあっさりと辞め、後を継ぐ人
に干渉されることもありませんでした。頭で分かっていても、行動で示すことは
難しいことと思います。
 人が人から学ぶには、一つに人から話を聞く方法、二つ目に人が書いたものを
読む方法がありますが、三つ目に人の生きる姿・人生のストーリから学ぶ方法が
あると思います。三つ目の学びは、深く心に残ります。私は、井上先生から、こ
の三つ目の方法により貴重な学びをさせて頂きました。心より感謝いたします。

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               小児科科長  就任のご挨拶
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                                                      小児科科長 
                                                       岡田 陽子
  
 2023年4月より小児科科長として赴任して参りました岡田陽子です。病院上階
から見える鮮明な大阪城の景色に感動しております。専門は小児循環器です。私
は1997年に大阪大学を卒業し、阪大附属病院での小児科研修後に、小児外科、心
臓外科、ICUでも研修をさせて頂き、その後阪大小児科の関連病院での研修の後
に、国立循環器病研究センター小児科にてレジデント研修をうけました。研修中
に小児の心筋症の患者さんの管理、治療に参加させてもらったことをきっかけに、
心不全についてさらに知見を深めたいと思い、アメリカのバーモント州立大学生
理学教室で心不全に関する研究に参加させて頂きました。帰国後は国立循環器病
研究センター、および大阪大学で小児循環器の臨床に参加した後に、関連病院に
て一般小児外来、新生児管理、心臓外来を担当し、直近の数年間は循環器病研究
センターで胎児心エコーを学びました。
 大阪医療センター小児科では、前任の寺田志津子先生が小児神経をご専門にさ
れておられましたが、その外来は阪大からの招聘医師である青天目信先生に引き
継いで頂いております。内分泌が専門の山本景子先生と、小児発達が専門の前川
加奈美先生と循環器専門の岡田の常勤医師3人で小児科診療を進めてまいります。
6階西病棟のスタッフのご尽力により、ご家族の付き添いなしでの児の単独入院
も場合によっては可能となっており、他院小児科にはあまりない特色の一つかと
思います。5階西病棟スタッフと産婦人科Drと協働させて頂いて、NMCSのサポー
トを受けながら、今までと同様に新生児管理を安定的に行ってまいります。職員
の皆様には平素よりたくさんのご支援を頂き有難うございます。常勤医師3人の
小児科ですので、皆様のご協力がなければ成立しない場面もあるかと存じます。
これからもどうぞ小児科をよろしくお願いいたします。                          

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                     私の挑戦!
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                            副看護部長 
                              山中 真美子

 はじめまして、4月1日付で河内長野市の大阪南医療センターから異動してきま
した。どうぞよろしくお願いいたします。
先日、家のカレンダーが4月のままだったのに気がつき、カレンダーを一枚めく
りながら、大阪医療センターに来てからあっと言う間に1ヶ月が過ぎたことを振
り返っていました。今回大阪医療センターでの勤務は、私にとって大きな挑戦で
あり、新しいことを経験することは、いろいろな高い壁を超えるようなものです。
我が家ではこの挑戦に先駆けて3月にあることに挑戦しました。私には、小学校
2年生と4歳の息子がいます。やんちゃな二人ですが、長男はインドア派で、何事
もやる前から無理と諦める性格です。そんな彼に、是非とも自信をつけてほしい
と思い私はある無謀な計画をしました。
トレイルランニングというものをご存知でしょうか?トレイルランニングとは、
山などの舗装されていない道を走るアクティビティです。3月に家族で箕面の山
で開催されたトレイルランニングの4kmのレースに参加しました。夫はランニン
グが趣味でトレイルランニングも経験があります。一方私のほうは、運動は苦手
で山登りでも、夫に後ろから押してもらってどうにか登れるような状況でした。
勢いでエントリーはしたものの不安だらけで事前のトレーニングもなくぶっつけ
本番でスタートしました。次男はもともとの負けず嫌いの性格が発揮され、スタ
ートを切るまでは帰りたいと私に抱きついてぐずっていたのに、スタートした途
端に私と長男を残して、夫と二人でさっさと走って行ってしまいました。夫の話
では一度も抱っこしてほしいとは言わずに自分の足で走りきったそうです。私の
ほうは、スタートを切った途端に、挑戦したことを本当に後悔しました。バラン
スを崩したたら落ちてしまいそうな細い山道に素人が安易に参加したことを反省
しました。しかし、子供の前では泣き言は言ってはいられません。声を出すのも
しんどかったですが、私はずっと長男に対して「がんばれ、ファイト。」と言い
続けていました。おそらく、夫と一緒だったら、私が泣き言を言っていたはずで
すが、子供と一緒に完走したいという思いが、私の足を動かしました。長男を励
ましているふりをして、自分を励ましていました。最後、ゴール直前で長男は最
後の力を振り絞って一緒にダッシュしてくれました。ゴールのときの息子たちの
顔は本当にかっこよかったです。長男はまた来年も参加しようねと言ってくれま
した。結果は、次男と夫が1時間15分で長男と私が1時間27分でした。
何か困難なことに挑戦することは、ゴールできたときの達成感は非常に大きいで
す。今回のトレイルランニング挑戦は、途中何度も諦めそうになりましたが、挑
戦して本当に良かったと思います。私の仕事の挑戦はまだまだ始まったばかりで
ゴールは見えませんが、子供たちに負けないようにゴールに向けて全力で走り続
けたいと思います。もちろんレースのあと数日間は私だけが筋肉痛で苦しんでい
たのは、想像できると思います。

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                 国病で事務職として働く5
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                             事務部長 
                               田中 英之

 このメルマガがホームページにアップされるころは、令和6年4月1日採用お
よび令和5年度中採用のエントリー合格者が受けられたWebテストの合否発表
があったと思います。
 今後、1次面接、グループディスカッション、最終面接と採用選考が進んでい
き、最終面接での合格者に内々定が出されることになります。就活生としては国
病だけでなく民間企業や公務員など同時進行で動かれているかと思います。そし
て、なかには「就職先を国病にしていいの?」と不安な気持ちになるかもしれま
せん。
 今回は「国病のここがウリ!」を紹介し、すこしでも国病に対する不安な気持
ちを減らすお手伝いをさせていただきます。

 国病のここがウリ! *病院でも営業業務あり*

 患者というお客さんに医療という品を買っていただき、黒字経営していくこと
が求められています。そのような患者さんをより多く確保できるように、地域医
療連携室では医師といっしょに地域の開業医を訪問して「当院で受け入れること
のできる患者さんの紹介」をお願いにまわっています。
 どのエリアのどの診療科のどの開業医を訪問するのか、複数の開業医を効率よ
くまわるにはどのようなルートにするのか、結果に結びつけなければならないの
で、開業医訪問は営業業務ともいえるのではないでしょうか。

 国病のここがウリ! *年次有給休暇は希望どおりが基本*

 年次有給休暇を使って休むのには理由をもとめません。使いたい時に使いたい
期間、希望どおり休むことができます。これが基本です。気をつかう必要はあり
ませんし、上司や先輩の顔色をみる必要もありません。たとえ上司や先輩と休暇
を取得したい時期がかさなったとしても堂々と取得していいのです。
 ただし、事前の準備をわすれてはなりません。取得するための申請書を前もっ
て提出しておくこと、取得に向けて仕事の調整をしておくこと、まわりの職員へ
休暇期間を伝えておくこと、これらをきちんとやったうえで、仕事からはなれて
自由な時間を過ごしている職員はたくさんいます。

 国病のここがウリ! *ドクターカーに同乗して患者搬送*

 ドクターカーを所有している病院は限られているので、すべての病院に当ては
まらないですが、所有している当院の場合を紹介します。患者さんを当院から他
の病院などへ運ぶのにドクターカーを使用することがあります。その時に事務職
員が運転をすることもあれば、医師や看護師らと一緒に同乗して患者搬送のお手
伝いをすることもあります。
 ドクターカーを運転する、ドクターカーに乗車する、そして患者搬送するとい
うことも我々の重要な仕事のひとつになっています。

 国病のここがウリ! *意外と多い現場仕事*

 病院の事務職員って意外と体力勝負的なところがあります。部署にもよります
が、ハード面やライフライン面には欠かすことのできない部門なので、トラブル
が発生すれば、すぐに現場に駆けつけて状況を確認して対応を考えるようなこと
も多々あります。
 ソフト面では、職員・患者・業者などとの対応も机を離れてということも多く
あります。相手のところへ行って顔をあわせて話をする、これも現場仕事と言っ
てもいいでしょう。
 私がみる限り、机に向かって日々の仕事が終わっている職員はいないと思って
います。みんな走り回っているは言いすぎかも知れませんが。

 国病のここがウリ! *やる気次第で昇進のスピードが早い*

 国病では、係員 → 係長 → 専門職 → 班長 → 室長 → 課長 → 事務部長が
オーソドックスな昇進のながれです。そして、係長になるためには試験があり、
それに合格しなければなりません。その後の昇進は人物や能力などいろいろな面
での評価で決まっていきます。
 係長昇進試験は、大卒の場合は実務経験3年で受検資格が与えられますので、
早ければ20代の中ごろには係長になることができます。そこからは昇進のため
の試験はなくなりますので、本人の頑張りでドンドン上がっていくことも可能に
なります。もっとも、かなり努力しなければなりませんが…
 私はこの世界に入ったのが20代中ごろということもあり、卒後すぐに就職し
た職員から遅れをとってしまっていたので、追い付け追い越せで必死に頑張りま
した。その努力を評価してもらえる組織にいることができたと思っています。

 国病のここがウリ! *億単位の買いものを任せられることもある*

 病院で必要なものを買う場合、値段に関係なく、事務職員のいろいろな手続き
があってはじめて買うことができます。なぜなら、病院のお金の出入りを事務職
員がしっかりと管理しているためです。
 高い買いものといえば、医療機器がすぐに思いつきます。1台数億円もする機
器を買うことがあり、機器によっては建物の改修も必要になるため機器の値段に
改修の費用も合わさってさらに高額になってしまうことがあります。
 このような数億円にものぼる高い買いものであっても事務部門の仕事にかわり
はなく、上司や先輩と一緒にやっていくとはいえ、係員でもこれぐらいする高い
買いものも任せられることがあります。

 国病のここがウリ! *給与、ボーナスは支給日に必ず*

 給与は毎月1回決まった日に支給されます。ボーナスは年2回(6月と12月)
決まった日に支給されます。支給が遅延した、現金に代わるモノで支給されたと
いうようなことはこれまで一切ありませんでした。(私の知るかぎり)
 安定している組織だからこそかも知れませんが、決まった日にきちんと支給し
てもらえているので生活設計も安心して立てられています。これって非常に重要
なことだと思いませんか?

 国病のここがウリ! *希望すれば、機構本部や厚生労働省への転勤もあり*

 近畿ではたらくことになっても、本人のやる気と希望があれば、国立病院機構
本部や厚生労働省で仕事をするチャンスはあります。140の国病をとりまとめ
ている機構本部や中央官庁の厚生労働省をはたらく場として全国を視野にいれた
仕事にチャレンジしてみてはいかでしょうか?
 希望すれば必ず転勤できるということではありませんが、送り出す側と受け入
れる側とのあいだで調整が整えば東京ではたらくことも可能になります。
 当院のケースでは、2年の間で3名の係員が機構本部へ転勤しています。本人
の希望がかなったということもあり、がんばって仕事をしているようですし、東
京での生活もエンジョイしているようです。

 国病のここがウリ! *若い間に様々な係(業務)が経験できる*

 事務部門にはいろいろな係があります。すべての係を経験する職員はまずいな
いのですが、より多くの係を経験して知識を増やしておいた方がいろいろな場面
に遭遇した時に困らないと思っています。
 よって、可能な限り係員と係長の間でいろいろな係を経験できるように考えて
います。1年間で別の係にかわることもあるので、本人にとっては負担になるこ
ともあるでしょうが、将来のことを考えると頑張っていただきたいと思います。
※係については、国立病院機構近畿グループのホームページ「事務系総合職の採
用情報」から調べて下さい。

 国病のここがウリ! *国立ゆえ?福利厚生が充実*

 メルマガ1月号でお伝えしているように国病はもともと国立病院・療養所でし
た。身分は国家公務員ということから、福利厚生は国立ゆえ?の充実したもので
した。
 そして、現在は独立行政法人国立病院機構としてひとり立ちしていますが、福
利厚生はこれまでとかわらず充実していると言えるのではないでしょうか(個人
的にはそのように思っています)。仕事をしているとあまり気にしないこと(気
にしなくていいほど充実しているからなのかもしれませんが)ですが、この文面
を作成していて「大切なことなんだ」と再確認させられました。
 就職先の条件のひとつに福利厚生の充実をあげる学生は多いと思いますので、
あえて申しあげると「国病の福利厚生は引けを取りませんよ」です。

ウリ!は他にも沢山あると思いますが、上記の10の内容は就活生によっては
「ウリにはならない!」となるのかも知れません。これまで民間企業や民間病院
の方々と話をしてきた中で上記の内容は国病のウリだと私は思っています。

✓次回(6月)は、事務職と医療職との関わりについて2回に分けて紹介します。
 第1回目は、診療部門、薬剤部門、診療放射線部門、臨床検査部門です。
 
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            看 護 の こ こ ろ        
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                                    臨床研究推進室 
                               柚本 育世
  
 みなさんは、身近な人が急にいなくなった経験をお持ちですか。経験がある人
もない人もいらっしゃると思います。「看護のこころ」がテーマですが、今回は
私の経験をふまえて、「ホスピタリティとは何か」を考えたいと思います。
 約6年半前、私は夫と死別しました。夫は沖縄へ出張中で、本当は倒れる前日
の飛行機最終便で帰阪する予定でした。しかし、飛行機が予約できず、沖縄でも
う一泊することになり、その日の夜中に意識不明となりました。沖縄の病院から
連絡をいただいた時私は勤務中で、「すぐに沖縄へ来てください。」と言われ、
明日行くと伝えると、「間に合わないかもしれません。」と言われました。そこ
で、当時中学1年生だった長男と2人で、関空発那覇空港行に飛び乗り、その日の
夜、沖縄へ向かいました。関空へ向かうタクシーの中で、私は長男へ、「もうお
父さんは生きて家に帰ることができない。」「お父さんは人工呼吸器等様々な機
械につながれているが、怖くはないし、耳は聞こえているので、話しかけてほし
い。」と話し、長男が驚かないように説明しました。その時、長男は私に「お母
さんは死なんといてな。」と言いました。
 病院へ到着すると夫はICUの個室に入っており、予想通り、人工呼吸器とその
他全ての薬剤を使用して、命がつながれていました。夜中にもうダメかもしれま
せんと当直医から説明を受けましたが、3日間頑張り、倒れた3日後に死亡しまし
た。配偶者との死別は人生で一番のストレスである、と教わっていましたが、悲
しんでいる暇はありませんでした。突然未成年の子どもを持つシングルマザーと
なり、各種名義変更、相続手続き等、立ち止まっている暇はありませんでした。
落ち着いた頃から年1~2回沖縄へ行き、夫が倒れたホテルの倒れた部屋で宿泊し
ていましたが、コロナ禍となり、旅行へ行くことができなくなりました。
 約3年ぶりに沖縄行の計画を立て、ホテルのフロントへ電話しました。以前な
ら事情を知っている人が多かったのですぐに話が通じたのですが、今回は部屋番
号を指定すると理由を聞かれ、最初からの説明が必要でした。その結果、倒れた
部屋で宿泊できるよう配慮していただけました。
 沖縄へ旅立ち、チェックインすると、写真のように手書きのお手紙と小さなお
花が置いてありました。私はうれしくて、設置されていたアンケート用紙にお礼
を書き、すぐにフロントに持って行きました。フロントの方も喜んでくださいま
した。
 今回の出来事を振り返った時、①久しぶりに沖縄を訪れる私の気持ちへ配慮し
た文面である、②手紙が手書きであり、内容に心がこもっている、③ホテルの便
箋ではなく個人で準備してくださった一筆箋が使用されている、④お花の色合い
や大きさに配慮を感じる、という点から、この出来事は、個々の状況に応じた本
当の意味でのホスピタリティであると感じました。
 ホスピタリティ(hospitality)という言葉は、派生してHospital(病院)となっ
ています。Hospitalの語源を考えた時、“病気で動けなくなった時に面倒をみる”
ということですが、私は患者さんへ提供する看護が個々の状態に合ったものであ
るか、患者さんの心に寄り添っているか、と考え直すよい機会となりました。死
亡した病院はその人の生命が終わりを告げた場所なので、遺族には特別な思いが
あります。病院職員は、患者さんが退院されたら関わりが終了しますが、身近な
人が死亡した場合はそこからがスタートとなり、生活を立て直していく必要があ
ります。
 外来・入院に関わらず、患者さんや家族の心に寄り添った姿勢を持ち続けたい
と思います。
                                                        
ホームページ→https://osaka.hosp.go.jp/kango/index.html

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             研 修 医 日 記        
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                               研修医2年目
                               髙田 恭輔 

 先月の4月に研修医2年目を迎えたと思えば、あっという間に1ヶ月が過ぎ、気
がつけばゴールデンウィークも終わり5月半ばとなってしまいました。5月病とい
う言葉もある通り、気分が乗らず、なかなかやる気が出ないと感じる日々もある
かもですが、研修医一同はより一層気を引き締めて日々の診療に取り組みたいと
考えております。

 今回は先日2類から5類に移行したばかりのコロナについて書かせていただこう
と思います。街中でのマスク規制が緩和されるとともに、会食や旅行等のイベン
トも増えてきたかと思われます。私が1番緩和を感じたのはプロ野球の観戦です。
プロ野球では今シーズンから声出し応援が解禁され、各地の球場でいつものトラ
ンペットと応援歌そして熱いファンの歓声が飛び交っております。先日京セラド
ームに足を運んだ際に、3年ぶりにこの球場ならではの音を耳にし、「やっぱり
これがないと。」と感じました。球場が一体になって盛り上がりますし、選手も
生き生きとしているようでした。やはり、声出し応援による影響は大きいのだと
感じさせられました。
 これから私生活ではマスクなしで人と関わる機会が増えてくると思われます。
互いに顔を合わしてでしか得られないことや分かり合えないこともあると考えま
す。1年目も入職したことですし、そういった機会も大切にしていきたいと考え
ております。
 もちろん手指消毒等の感染対策は怠ることなく、日々過ごしていく所存でござ
います。院内の皆様、ご迷惑をお掛けしますが、我々研修医へのご指導ご鞭撻の
程よろしくお願い致します。
                              
臨床研修のホームページ→
https://osaka.hosp.go.jp/kyujin/syokikensyu/nikki/index.html

************************************************************************
総編集長:院長 松村 泰志
編 集 長:副院長 三田英治 平尾素宏
     看護部長 西本京子 
編   集:池永祐子
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
************************************************************************
 来月の今頃は、夕方の西空で月が金星、火星が接近し、大阪でも晴れていたら、
明るく綺麗な金星を見つけることができるかもしれません。楽しみにしたいです
ね。また、梅雨に向かう折から、体調には十分ご留意ください。

408-osaka@mail.hosp.go.jp


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