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メールマガジン「法円坂」No.273 (2024/1/17)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)




 新年あけましておめでとうございます。今年の干支は「甲辰(きのえたつ)」
です。「新しいことをスタートし軌道にのる、あるいは、今まで準備してきたこ
とが実を結ぶ」という縁起の良い年だそうです。
皆さんにとって良い年になることを願っています。

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   メールマガジン「法円坂」No.273 (2024/1/17)
          (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院 長  松村 泰志
 ・JAL飛行機事故に思うこと
 ・看 護 の こ こ ろ
 ・研 修 医 日 記

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         院長  松村 泰志 災害医療について思いを巡らせて
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 明けましておめでとうございます。今年は能登半島地震、羽田空港の航空機事
故と波乱の年明けとなりました。亡くなられた方々にご冥福をお祈りするととも
に、被災された方々にお見舞い申し上げます。
 大阪医療センターでは、年末に災害訓練をしたところでしたが、能登半島地震
を目の当たりにし、災害医療について思いを巡らしていました。今回は、そのこ
とを記載したいと思います。
 大阪医療センターは災害拠点病院であり、DMAT事務局が配置されている病院で
す。さっそく国立病院機構本部から、医療班の派遣要請があり、1月8日に医師1
人、看護師2人、薬剤師1人、事務1人の5名を派遣しました。派遣先は輪島と告
げられました。道路事情がどうなっているのか、宿泊施設があるのも分からない
状況での出発でした。場合によっては車中泊をする覚悟で行けとのことでしたが、
レンタルで借りたバンの車一台に5人が乗るのですから、とうてい車中泊は無理
と思いました。劣悪な道路事情の中、車を運転するのは、この5人で運転できる
人が交代で運転する体制での派遣です。送り出す方は、心から無事を祈っての見
送りとなりました。
 その後、DMATの要請もありました。DMATは中部地区から要請があり、近畿地区
に対する要請が少し後になりましたが、10日にDMAT隊の派遣要請があり、医師2
人、看護師1人、放射線技師1人、事務1人の5名の構成の隊を組んで、その夜に金
沢に向かいました。彼らは、大阪医療センターの救急車とDMAT用の4輪駆動の車2
台で現地に向かいました。運転はやはり、この隊の中で交代してするとのことで
した。DMAT隊は普段からトレーニングを受けていることもあってか、笑いながら、
さっそうと出発しました。頼もしく思いました。DMATは情報網がしっかりしてお
り、組織だって動いている様子が良く分かり、送り出す方も安心できました。そ
の後、輪島市民病院を支援するために看護師1名の要請があり、1月15日より現地
に向かわせます。
 最初に出発した医療班は任務を終え、報告に来てくれました。8日は一旦金沢
で一泊し、金沢から輪島に連絡を入れたところ、幸運なことに雑魚寝ではありま
すが民宿が確保でき、車中泊は免れました。輪島市役所までは道路は通っており、
無事到着できたとのことでした。輪島市内に避難所は70ほどあるとのことで、輪
島に集った他の部隊と手分けし、担当の避難所に向かいました。避難所によって
は、アプローチするための道路が塞がれて孤立した状態でした。何とかあぜ道を
辿って現地に行けたとのことです。やはり感染が流行っており、その対応の仕事
などがあったとのことでした。大雨で、かなり厳しい状況だったのですが、任務
を終えて輪島市役所まで戻ったとのことでした。翌日は、別の部隊が同じ避難所
に向かおうとしたところ、雨で、あぜ道も通れなくなっていたとのことでした。
当院の部隊が無事帰ってこられたのは幸運だったと思います。現地の医療スタッ
フも被災しているのですが、その中でも医療活動をしている人が居られ、休みな
く働いておられたとのことでした。こうした医療スタッフを休ませてあげる支援
が必要と思ったとのことでした。
 大阪医療センターのDAMT隊は石川県立中央病院内に設置された活動拠点本部を
担うことになったとのことでした。被災した珠洲総合病院からの患者を小松空港
に受け入れ、石川県立中央病院への患者搬送、石川県立中央病院からさらに病状
に応じて転院先を探し病院への搬送の任務に就いていたとのことでした。次の部
隊に引き継ぎをした後、15日に大阪に戻ってきました。皆、元気そうで何よりで
した。
 国立病院機構の医療班は、全国の国立病院機構の病院から派遣しており、移動
日を含め5日間で交代して任務に当たります。DMATは、更に大きな組織で、全国
病院のDMAT隊が被災地に集結して活動をします。被災地支援は、まだ、しばらく
必要とのことで、大阪医療センターからも1月後半から2月前半にかけて再度DMAT
を派遣する予定になっています。
 地震による災害の場合、必要とされる医療は多くあります。直接の被災、つま
り崩壊した建物の下敷きになったなどで怪我した人の救急医療、地域の病院が機
能しなくなったことで治療の継続が必要な患者さんの転院、劣悪な環境で持病を
悪化させた人、感染が広がる等で新たに病気になった人への対応、地域の医療ス
タッフが被災したことで脆弱となった医療体制の支援などです。避難所生活が長
くなるとメンタル不調の人も増え、その対応も必要になってくるとのことです。
こうした災害という特殊な状況下において、必要とされる医療を届けていくこと
は簡単なことではありません。しかし、医療班にしても、DMATにしても、有効に
機能していると思います。やはり、これまで災害を経験してきて、対応のノウハ
ウが積み上げられてきたこと、様々な災害を想定して事前にシミュレーションを
してきたことが功を奏していると思います。
 大阪では南海トラフ地震、上町断層帯地震のリスクがあります。しかし、災害
と一言で言っても、その状況は様々な場合が想定されます。①病院が被災しなか
った場合で、専ら患者を受け入れる場合、②病院が部分的に被災しながらも、患
者を受け入れる場合、③医療活動ができないほどに病院が被災した場合が考えら
れます。①の場合は、どこまで受け入れ可能かが課題となりますが、日ごろの訓
練が生きてくるように思います。③の場合は入院患者をどのように安全に転院さ
せるのかが課題です。問題は②の場合です。病院の被災の状況に合わせて受け入
れる患者数を決めることになるはずです。病院が被災すると、普段当たり前に使
っていたものが使えなくなります。例えば、エレベータは止まる可能性が高いで
すが、エレベータが止まると手術室に患者を運ぶことが難しくなります。また、
食事の搬送もできなくなってしまいます。病院として機能するためには、電気、
水道もさることながら、エレベータがかなり鍵を握ることを頭に入れておかなけ
ればなりません。また、輪島市民病院の事例で分かるように、医療スタッフが集
まることが難しくなります。自分の家が被災したとなると、医療スタッフといえ
ども、まずは家族の保護が優先されるべきです。比較的状況が軽く勤務できる医
療スタッフに病院に来てもらうしかありません。病院には車で来るしかありませ
んが、道路事情がかなり厳しくなりますから、毎日自宅から通うのは難しいかも
しれません。そうなると、スタッフが病院で寝泊まりすることも考えなければな
りません。
 こうしたことを日頃より考えておき、いざという時に慌てないようにしたいも
のです。

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             JAL飛行機事故に思うこと          
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                            心臓血管外科科長 
                                西 宏之

 2024年の日本は波乱の幕開けとなった。私が中でも印象に残っているのは羽田
空港でのJAL旅客機と海上保安庁の航空機との衝突事故である。5名の尊い命が失
われたことには謹んでお悔やみ申し上げるが、私が色々と考えさせられたのは奇
跡の脱出と言われた。18分間の脱出劇である。
 テレビの速報で炎上する飛行機を見たときは多くの犠牲者がでるだろうと真っ
先に思ったが、しばらくして速報で全員脱出したという一報を見て、どういう経
緯でそのようなすばらしい結果が得られたのだろうと興味を持った。機内でのリ
アルな動画や脱出の経緯が明らかになる中で、当時の緊迫した状況をリアルに感
じることができ、そのような中でも適切なに行動をしたJALのクルーの的確な判
断、実行力、それに加えて指示をしっかりと守り、みんなで協力しあいながら全
員が助かるように行動した乗客の姿勢があったことがわかり、改めて日本人の仕
事に対するプロフェッショナルの姿勢、互いを思いやる国民性を認識でき、感動
して目頭が熱くなった。私自身は海外留学経験があり、他の国の方々についての
実体験が多くあるが、おそらく日本でなかったらこのようにうまくはいかなかっ
たと思う。改めて日本人であることの誇りを感じることができた。
 私の専門は心臓血管外科であり、規模こそ異なるが、顧客(患者)の安全性を担
保するために緊急事態では適切に行動し、対処しなければ命を救うことができな
いという点は航空業界と非常に似ていると常日頃から感じている。心臓の手術は
一つ対応を間違うと患者の命に直結するので、常日頃からあらゆる状況に対応す
るようにシミュレーションして手術、患者治療に臨んでいる。あらゆる状況を想
定し、それに対する対処法がイメージできていないと、最良の結果が得られない
点は航空機のクルーも我々外科医も同様である。私自身、厳しい上司からの指導
を受け、あらゆる状況を経験して現在に至っているが、これを次世代にどのよう
に伝えるべきかを最近考えることが多い。というのも、昨今のパワーハラスメン
トに対する風当たりの強さや、ゆとり教育やほめて伸ばす教育といった風潮が全
盛の中で、患者の安全を担保する技術を伝えていく難しさを実感しているからで
ある。報道によるとJALの緊急脱出訓練はとても過酷なもので、鬼教官の叱責が
あり、新人の中には泣き出す者も出るくらい厳しいらしい。このような時代の中
でも、厳しい教育というのが存在している事実を知り、大事なものは今も昔も変
わらないのだと改めて認識した。
 最も大切なのは、患者を救うために技術を高め、それを後世に伝えるプロフェ
ッショナルとしての「本気度」であり、教育する者もされる者も本気で取り組む
「共通の認識」や「空気感」といったものなのかなと思いながら始まった2024年
であった。
 
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        看 護 の こ こ ろ 「思いに寄り添う看護」         
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                                 西5階病棟 副看護師長 
                                石田 祐子

 早いもので松の内も明け底冷えのするこの頃、皆さんにおかれましてはいかが
お過ごしでしょうか。寒さ厳しき折、体調を崩しやすい時期となりますのでどう
ぞご自愛ください。
 先日、スタッフが患者さんとの関わりに悩んでいました。何かヒントとなるか
と思い、自分自身の経験を話す機会がありました。それは、今も私が大切にして
いる患者さんとの関わりであり、看護を実践する上で今も心がけていることだと
改めて感じた出来事です。そのお話をさせていただきたいと思います。
 看護師3年目私は、がん患者さんが多く入院されている病棟で勤務していまし
た。その方は腎がんの手術後、化学療法によって筋力が低下し、少しずつ身の回
りのことをするのが難しくなっていきました。その後、終末期と診断され、両足
は元々の太さより倍以上に腫れ、身体を動かすことで痛みと息苦しさが強く出て
しまい、ベッドから起き上がり立つこともままならない状況でした。しかし、そ
の患者さんは「どうしても自分でトイレに行きたい。」「転けてもいいから、行
かせて欲しい。」と言われました。その時、私はどのように関わって良いか分か
らなくなりました。身体を起こしてトイレまで移動するには、看護師3名が必要
で患者さんを支えて安全に行うには難しい状況でした。そこで私は、ベッドの上
で尿器を使用する方法を提案しましたが「それでは無理。」と言われました。そ
して「トイレくらい自分でできんようなったら、もう終わりやろ。」と言われま
した。その言葉にハッとしました。私は患者さんが、なぜトイレに行きたいと思
っているのか理由を確認していなかったと。誰かの手を借りても、恥ずかしい思
いをしてでも、トイレに行けなくなることがもう動けなくなるかもしれないこと
だと。それは、自分の病状が悪化していることを認めることになり、大きな不安
や恐怖を目の当たりにしているのではないかということに気付きました。これま
での患者さんの言葉には様々な思いが含まれていることを、私は理解できていま
せんでした。
 私はこの経験を通して、患者さんの言葉には様々な思いがあり、そのことをよ
く理解して看護に繋げていくことの大切さを学びました。言葉の中にある思いを
知り、理解に努めていくことが看護のはじまりなのだと思います。これからも、
思いに寄り添う看護が実践できるように、日々努力していきたいです。

ホームページ→https://osaka.hosp.go.jp/kango/index.html 

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             研 修 医 日 記        
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                              研修医2年目
                                                              山野 敏基

研修医2年目の山野です。
研修病院を探している方に向けて、当院の研修について書きたいと思います。

1年目の4月に各診療科、部署のオリエンテーションを受け、5月から本格的に各
科ローテートと当直業務を開始します。ローテートは、必修科目が19ヵ月(内科8
ヵ月、外科3ヵ月、救急2ヵ月、麻酔2ヵ月、精神・小児・産婦・地域1ヵ月ずつ)、
選択科目は4ヵ月あります。

私は内科志望なので、必修の内科には含まれていない感染症内科を選択科として
選びました。当院は、ほとんどの内科系診療科が揃っており、内科を幅広く学ぶ
ことが出来たことは大変良かったと感じています。

当直は、救急隊からの電話を受け、診察・検査をした上で上級医の先生方に相談
するシステムです。患者数は日によって違い、多い日には大変なこともあります
が、初期対応に関しては力が付いたと感じています。

病院内にはコンビニ、食堂があり、お弁当もあるので食事には困りません。食堂
は屋上にあり、天気が良い日には大阪城やあべのハルカスを眺めることが出来ま
す。個人的には病院の中の推しスポットで、気分転換したい時に訪れたりします。

病院の敷地内に療があり、空きがあれば入居することが出来ます。やや年季は入
っていますが、隣にはイズミヤ、ドンキホーテがあり、とても便利です。私自身、
研修医になり一人暮らしを始めましたが、生活しやすいと感じています。

以上、簡単ではありますが当院の研修について書かせていただきました。当院で
の研修を検討されている方は、是非一度見学に来てください。研修医一同お待ち
しております。
                        
臨床研修のホームページ→
https://osaka.hosp.go.jp/kyujin/syokikensyu/nikki/index.html
 
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総編集長:院長 松村 泰志
編 集 長:副院長 三田英治 平尾素宏
     看護部長 西本京子 
編   集:池永祐子
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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 一月 往ぬる(行く)、二月 逃げる、三月 去る、と言います。月日の流れを
感じます。季節を感じながら、有意義に毎日を過ごしたいものです。では、また
来月メルマガで会いましょう。

408-osaka@mail.hosp.go.jp


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