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メールマガジン「法円坂」No.300 (2026/4/22)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今年も桜の花が春の訪れを教えてくれました。そして4月は、新しい職場で新
しい仲間との出会い、そして新しい発見の季節でもあります。良い時間をお過ご
しください。
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メールマガジン「法円坂」No.300 (2026/4/22)
(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
・院 長 松 村 泰 志
・退 職 の ご 挨 拶
・今の時代の飲み会というもの
・看 護 の こ こ ろ
・研 修 医 日 記
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院長 松村 泰志 「正しく、品良く、心を込めて」のモットーの由来
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春の暖かい日々となり、落葉樹には若葉が芽生え、新鮮な息吹を感じる季節と
なりました。もみじは秋に美しさが際立ちますが、この時期のもみじにも若々し
い美しさがあります。
4月1日は、新入職者に向けて歓迎の挨拶を行いました。その中で、当院の歴史
と、ロゴマークに描かれた三枚の葉が象徴する「正しく、品よく、心をこめて」
というモットーについてお話ししました。このモットーは、第9代院長・井上通
敏先生が「扶氏医戒之略」を分かりやすく三つの言葉にまとめられたものと伝え
聞いています。
「扶氏医戒之略」を説明する前に、当院の歴史を振り返る必要があります。メ
ールマガジン2021年10月号・11月号で紹介しましたが、時間も経ちましたので、
今回の記事ではその内容を要約して改めて紹介し、あわせて当院のモットーの由
来である「扶氏医戒之略」をご紹介したいと思います。
江戸後期の蘭学者で医師である緒方洪庵は、大阪に適塾を開き、当時の若者に
西洋の知識や医学を教えていました。洪庵の嫡男・緒方惟準はオランダ語を本格
的に学び、長崎医学伝習所でオランダ医学を修めた後、オランダのユトレヒト大
学に留学しました。しかし、幕府の瓦解と明治維新により帰国し、明治2年2月、
大阪医療センターの少し南に位置する大福寺の境内に浪花(なにわ)仮病院を設
立し、市民に対しオランダ医学に基づく医療を提供するとともに、医師の育成を
始めました。その8カ月後の10月には、現在の大阪医療センターの場所に大阪医
学校病院を設立し、本格的な活動を開始しました。この医学校病院が大阪大学の
起点となります。
ちょうどこの頃、京都で刺客に襲われ重傷を負った大村益次郎が大阪医学校病
院に搬送され、ボードウィンにより右大腿切除術を受けましたが、敗血症となり
11月2日に亡くなりました。当院の東南角には「大村益二郎殉難報告之碑」が建
っています。大村益二郎が亡くなる10日前、三条実美に書状を送り、緒方惟準ら
の活躍ぶりを伝えるとともに軍事病院の必要性を建白しました。これを受け、明
治政府は明治3年2月、現在の大手前病院の場所に大阪軍事病院を設立し、惟準は
その院長も兼任しました。
大阪医学校病院は、その後、予算の都合で国の管轄から離れ、場所も移り大阪
府病院となりました。これが更に中之島地区に移転した後、昭和6年に大阪帝国
大学、昭和24年に大阪大学になりました。
一方、大阪軍事病院は名称を変えて大阪陸軍病院となり、太平洋戦争時には多
くの送還患者を受け入れるため、現在の近畿中央呼吸器センター付近に陸軍病院
が新設され、これが第一陸軍病院になりました。終戦後、この病院は厚生省に移
管され国立大阪病院となりましたが、建物はGHQに接収され、国立大阪病院は河
内長野(現在大阪南医療センター)に移転しました。GHQは、国立病院の院長に
軍医出身者を認めなかったため、大阪大学教授で、同大学を帝国大学にするため
に楠本長三郎先生とともに尽力された佐谷有吉先生が院長に就任しました。佐谷
先生は「大阪市民のための病院は大阪市内にあるべき」と考え、昭和22年に国立
大阪病院を現在の場所に移されました。大村益次郎の碑がすでにこの地にあった
ことから、佐谷先生はここが大阪大学発祥の地であることを理解した上で選ばれ
たのだと思います。平成16年に独立行政法人化され、現在の国立病院機構大阪医
療センターとなりました。
さて、「正しく、品よく、心をこめて」のモットーの由来となる「扶氏医戒之
略」についてお話しします。扶氏とは、ドイツ人でベルリン大学医学部長を務め
たクリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラントのことです。フィーフェラントは
卓越した医師で、当時の医学知識を体系化した「Enchiridion Medicum(医学全
書)」を著しました。緒方洪庵がこれを翻訳し、「扶氏経験遺訓」として全30巻
にまとめ、日本の医師達はこの書を通じて西洋医学を学びました。
この巻末に記された医師の心得を、洪庵が12箇条にまとめたものが「扶氏医戒
之略」です。適塾では扶氏医戒之略を座右の銘としていたと伝えられています。
その12箇条をさらに要約すると、以下のようになります。
1.人のために生活して自分のために生活しない(名声や利益を顧みるな)
2.患者を診るときはただ患者を診る(身分、金銭の有無で差別しない)
3.患者を謙虚に観察し細心の注意をもって治療をせよ(患者を道具にしない)
4.自分の言行に注意せよ(詭弁や珍奇な説を唱えて世間に名を売らない)
5.心をこめて細密に診る(大ざっぱな診察で数多く診るのは良くない)
6.不治の病気であっても病苦を和らげ生命を保つようにせよ
7.医療費はできるだけ少なくするよう注意せよ
8.篤実温厚を旨として多言せず沈黙を守れ(個人の秘密を守る)
9.他の医師を批判してはならない
10.診た患者について考察し詳細に記録することを日課とすべし
11.治療について相談するときは多くの人としない(言い争わない)
12.患者が勝手に転院してきた時は先の医師に了解を得てから診察せよ
これを井上先生は、更に「正しく、品よく、心をこめて」の三つの言葉に凝縮
され、当院のモットーとされました。「正しく」「心をこめて」は馴染のある言
葉ですが、「品よく」という表現はモットーとしては珍しいかもしれません。し
かし、その由来を知ると、多くの条項が「品よく」に集約されていることが分か
ります。
「扶氏医戒之略」は、緊急災害棟3階講堂前のホールに、当時の原文が横物の
掛軸として掲示されています。安政4年1月に記されたもので、原文の作成時期と
一致します。おそらく、これを緒方惟準が大阪軍事病院に掲示し、医師への戒め
としたものが、大阪陸軍病院、国立大阪病院を経て、現在の大阪医療センターへ
と受け継がれてきたのでしょう。緒方惟準が掲げたものを、今の私たちが目にし
ていると思うと、身の引き締まる思いがします。
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退職のご挨拶
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看護部長
水戸 祥江
このたび、令和8年3月末日をもちまして大阪医療センターを定年退職いたしま
した。令和6年4月からの2年間、看護部長として勤務させていただきました。
大阪医療センターでの勤務は今回で3回目となり、これまで看護師長として6年
半、副看護部長として1年、そして看護部長として2年と、さまざまな立場で多く
の経験をさせていただきました。どの職位においても、仕事にやりがいを感じな
がら、人との関係やつながりを大切にし、日々取り組んでまいりました。
看護部長としての最後の2年間は、病院の方針に則り看護部の運営という重責
を担い、課題も多く、その重みを実感する日々ではありましたが、その分大きな
やりがいを感じることもできました。特に経営改善という大きな課題の中で看護
部に求められる役割は非常に大きく、何を成すべきかを常に考え、副看護部長や
看護師長をはじめとする多くのスタッフと力を合わせて取り組んでまいりました。
その過程で、チームとしての目標を達成する喜びを幾度となく経験できたことは、
私にとってかけがえのない財産となりました。
また、病院幹部の皆様をはじめ、職種を問わず多くの方々からご助言とご支援
をいただき、数々の課題を乗り越えることができました。
昭和62年に国立京都病院に就職して以来、9回の転勤を経験してまいりました。
これまでは、転勤のたびに別れを経験しながらも、「またどこかで再会し、共に
働ける」という思いが支えになっておりました。しかし、退職の日が近づくにつ
れ、「もう一緒に働くことはない」という寂しさを強く感じるようになり、よう
やく退職することを実感するようになりました。
振り返りますと、私がここまで歩んでこられたのは、病院関係者の皆様、地域
の医療機関の皆様、そして患者の皆様など、本当に多くの方々に支えていただい
たおかげであると、改めて深く感じております。多くの出会いとご縁に恵まれ、
ご指導と温かいご支援をいただきましたことに、心より感謝申し上げます。
大阪医療センターのさらなる発展と、皆様のご健勝を心よりお祈り申し上げ、
退職のご挨拶とさせていただきます。
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今の時代の飲み会というもの
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乳腺外科
八十島 宏行
最近では働き方や価値観の変化により、職場の飲み会に対する考え方も大きく
変わってきました。「飲みハラ」といった言葉が広まり、無理に参加させることへ
の問題意識が高まったのは、とても良い流れだと思います。一方で、飲み会その
ものの価値まで否定的に捉えられてしまうのは、少しもったいないとも感じてい
ます。
私自身は、飲み会(今日では食事会と言った方が無難なのでしょうが)は非常に
大切な機会だと考えています。もちろん参加は自由であるべきですが、業務の場
だけでは見えない一面に触れられるという意味で、大きな価値があると考えます。
普段の仕事中はどうしても役割や立場が前面に出てしまいますが、少し肩の力を
抜いた場では、その人の考え方や人柄が自然と見えてくる。そうした会話の中で
得られる気づきは多く、自分の視野を広げるきっかけにもなります。
また、組織の中での振る舞い方を学ぶ場としても、飲み会は一つの役割を持っ
ていると感じます。相手との距離感の取り方や、場の空気を読む力、ちょっとし
た気遣いなどは、実際の人との関わりの中でこそ身につくもの。そうした経験は
非常に重要で、職場でのコミュニケーションの中に潤いを与え、仕事の質を高め
活気あるものにしていくと思っています。
大切なのは、飲み会を「強制しないこと」。仕事に対するスタンスは個人によっ
て様々であるのは当然です。昔のような「付き合いが悪い」とか言うのは時代錯誤
と言うもの。行きたい人が行けば良いと思います。次に「意味のある場にするこ
と」だと思います。ただの付き合いではなく、お互いを知るための前向きな場と
して、また自分を表現する訓練の場として機能すれば、飲み会は今の時代でも十
分に価値のあるものになるはずです。
人との関係性が仕事の質にも影響する以上、こうした場をどう活かすかはとて
も重要です。時代に合わせて形は変わっていくとしても、飲み会が持つ良さは、
これからも大切にしていきたいと感じています。
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看護のこころ
~その人らしさを支える看護とは~
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東6階病棟 副看護師長
松田 多寿子
色とりどりの花が咲き始め、春の訪れを感じる季節となりました。皆様いかが
お過ごしでしょうか。
私は整形外科病棟の副看護師長として2年目を迎えました。昨年度は、副看護
師長としての役割や看護への向き合い方を模索しながら、慌ただしくも学びの多
い一年となりました。整形外科病棟での勤務は初めてで戸惑うこともありました
が、看護師長やスタッフに支えられ、整形外科看護の奥深さを実感しているとこ
ろです。
当病棟は51床を有し、日々多くの患者様を受け入れています。今回は、そのな
かで病棟全体で取り組んだ看護の一例をご紹介します。
A氏は以前に手術を行った関節の感染が判明し、再手術をおこなった患者様で
した。当病棟では膝関節や股関節を人工関節に入れ替える手術を受けられた患者
様が多くいらっしゃいますが、中には手術部位の感染により、感染部位を洗浄し、
人工関節を一時的に抜去する手術を行う事があります。その場合、感染症が落ち
着くまで長期間の入院が余儀なくされ、ベッド上で過ごす時間が長くなってしま
います。A氏も感染した関節の手術後であったため下肢の安静が必要でした。ベ
ッド上で過ごす時間が長くなっており、思うように動けない辛さからか、内服薬
の拒否など治療に否定的な言動が見られました。また「さみしい」など、不安や孤
独感を訴えられる場面もありました。日中はご家族様が面会に来られ、昼食を共
にするなど穏やかな時間を作ってくださいましたが、ご家族の負担も考慮し、病
棟でカンファレンスを実施しました。スタッフ間で、どのような事を不安に思わ
れているのか、内容や状況を記録し対応を統一すること、車いすへ移乗ができる
ようになってからは看護師が交代で付き添い、座位で過ごせる時間を確保するこ
となどを検討し実践しました。ご家族様の協力もあり、少しずつ「ありがとう。」
と穏やかな言葉が聞かれるようになりました。A氏とご家族様は自宅退院を希望
されており、看護師・リハビリスタッフ・ケアマネージャーなどと多職種でカン
ファレンスを重ね、自宅環境の調整やおむつ交換の練習など、さまざまな準備を
行いました。その結果、無事にご自宅へ退院されました。
今回の経験を通して、病棟全体で情報を共有し、継続した看護を提供すること、
そして患者様の望む生活に近づけるために多職種と連携することの重要性を改め
て実感しました。これからも、患者様が大切にしていることを尊重し、その人ら
しい生活を支えられるよう、身体面だけでなく精神面・社会的背景にも目を向け、
多角的な視点で支援していきたいと思います。
春のあたたかさとともに病棟にも新しい風が吹き始めました。新年度をスター
トし、気持ちを新たに患者様一人ひとりに丁寧に向き合う看護を続けてまいりま
す。今年度もどうぞよろしくお願いいたします。
ホームページ→https://osaka.hosp.go.jp/kango/index.html
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研 修 医 日 記
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研修医2年目
楠木 達大
みなさん初めまして、大阪医療センター初期研修医二年目の楠木達大と申します。
二年前の今頃、マッチングを控える中、先輩方の研修医日記を読んで「自分もこ
の病院で働けたらなあ。」と羨ましく思っていたことを思い返し、一人感慨深く
なっております。
実際に当院との縁に恵まれ一年間働いてみて、本当に恵まれた環境で研修できて
いるなと感じます。当院は診療科が充実しているだけでなく、各診療科を支える
先生方、そして一つ上の先輩方の多くが指導熱心であられます。日常診療で多忙
にされている中であっても、一年目である我々の成長を思って、わざわざ時間を
とってご指導くださります。先生方に教えていただいた、知識・経験に基づいた
知恵に、日常診療する上で幾度となく助けられてきました。一年間なんとかやり
抜けたのは、みなさんの支えがあったからだと感じております。
また、それと同じくらい大きいのは一緒に働く同期の存在です。志望科も異なり、
心優しく、個性的な同期。そんな同期とのたわいもない会話に日々癒され、志望
科の研修に一生懸命に向き合う同期の姿に、いつも「俺も頑張らないとな。」と
刺激を受けています。
このように、先輩方と同期のおかげで充実した研修医生活を送れています。これ
からも必死に食らいついていきたいと思います。それだけでなく、二年目となり
後輩ができた今、先輩方がそうしてくれたように、今度は自分が後輩の背中を支
えられる存在になりたいと思います。
そして最後に、同期のみんなこれからもよろしくお願いします。
臨床研修のホームページ→
https://osaka.hosp.go.jp/kyujin/syokikensyu/nikki/index.html
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総編集長:院長 松村 泰志
編 集 長:副院長 平尾 素宏 渋谷 博美
看護部長 世古 与子
編 集:池永 祐子
発 行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
(〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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4月から自転車の規制が厳しくなりました。歩行者も自転車を運転する方も自
動車を運転する方もお互い気を付けましょう。
408-osaka@mail.hosp.go.jp
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