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メールマガジン「法円坂」No.301 (2026/5/18)(独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)




 令和8年5月のメルマガです。新緑が目に鮮やかな、すがすがしい季節となりま
したが、皆さまいかがお過ごしですか。最近不安定になっている国際情勢ですが、
これからのイラン和平協議と原油・ガソリン価格の価格が気になる今日この頃で
す。早く安定化してほしいものです。
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   メールマガジン「法円坂」No.301 (2026/5/18)
          (独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター)
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今月号の目次
 ・院  長  松  村 泰  志
 ・退 職 の ご 挨 拶
 ・就 任 の ご 挨 拶
 ・看 護 の こ こ ろ
 ・研 修 医 日 記

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                 院長  松村 泰志   昨年度の決算報告
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 5月になり春の陽気が続いています。常緑樹では、初々しい若葉の色が、以前
からある葉の色に近づき、次第に溶け込んでいます。当院でも、初々しい新入職
者がオリエンテーションを終え、先輩職員の中に溶け込んで働いています。天気
予報によると、今年は例年より早く夏日が訪れるとのことで、春の陽気を感じら
れる日々も、もう間もなく終わりを迎えるのかもしれません。
 つい先日、昨年度の決算がほぼまとまったとの報告がありましたので、今回は
そのご報告をしたいと思います。
 振り返ってみると、私が当院の院長に就任したのは令和3年度からです。当時
はコロナ患者への対応に追われていました。令和3年4月・5月には、重症患者数
が大阪府内の重症病床数を大きく上回るとの予測が出され、その対応から始まり
ました。その後、変異株の登場により重症化する患者は減ったものの、感染者数
は増え続け、対応に追われる状況が続きました。令和5年度になると、重症化す
る患者はさらに減り、コロナ感染症が5類へ移行したことで、社会は落ち着きを
取り戻してきました。しかし病院では依然として感染者が多く、むしろ感染力が
強まっている状況の中で苦労が続きました。
 一方、病院経営の面では、令和3年度・4年度はコロナ患者への対応に対して手
厚い補助があり、経営的に大きな悩みはありませんでした。しかし令和5年度か
らは、コロナ患者に対する補助金が減少する一方で、通常医療が十分に戻りきら
ない状況が続き、医業収益としては厳しい状況となりました。その結果、私が院
長に就任する前から続いていた経常収支の黒字が途絶え、令和5年度は約4億円の
赤字となりました。
 令和6年度には、コロナ感染に対する補助金が一切なくなり、通常医療のみで
経営を成り立たせる必要がありました。私の場合、コロナ禍のさなかに院長に就
任したため、十分な病院経営の感覚をつかめないまま令和6年度を迎えることに
なりました。4月から単月赤字が続き、ボーナス月には短期借入金を得て支払う
ものの、その返済ができないまま次のボーナス月を迎える状況が繰り返されまし
た。民間病院であれば、ボーナスが支払われないことも珍しくありませんし、借
入金の返済が滞れば倒産につながります。この状況に直面し、当院が国立病院機
構の傘下にあることを、初めて心から有り難く感じました。ボーナスカットを行
うことなく、本部から借入れができるからです。
 令和6年度の決算は、9.4億円の経常赤字となり、当院が独立行政法人となって
以来、突出して大きな赤字を計上しました。病院経営責任者としては大きな重圧
を感じましたが、やや救われたのは、他の病院でも同様の状況であったことです。
春以降、国公立大学病院や公立・公的病院の決算が公表されましたが、いずれも
過去最悪の経営状況であることが報告されました。当院だけではないと知り、心
理的な負担は多少軽減されましたが、だからといって経営責任が問われないわけ
ではありません。
 この時期の経営分析の結果、物価高・人件費高はコロナ禍の最中にも進行して
いたものの、十分に注目されず、診療報酬上の手当もされないまま、コロナ診療
に対する手厚い報酬で補われていたことが明らかになりました。その報酬が途絶
えたことで、一気に問題が露呈したと考えています。この点は他の病院経営者も
認識しており、多くの病院団体が厚生労働省に陳情していました。
 しかし、診療報酬改定は2年に1回であり、令和7年度の診療報酬体系は変わり
ません。このままでは、令和6年度の厳しい状況を引きずることになります。さ
らに、昨年度の4月・5月は人事異動が多かったこともあり、患者数が少なく、経
営指標は前年度よりもさらに悪化していました。
 何か手を打つ必要があるとは感じていましたが、やるべきことはやってきたつ
もりでしたので、具体的に何をすればよいのか悩んでいました。そうした中、大
野事務部長から「一度、経営陣で東京医療センターを訪問し、具体的な経営改善
策を聞いてみてはどうか」との提案がありました。多くの急性期病院が過去最悪
の経営指標を示す中、東京医療センターは経営改善を果たし、黒字で推移してい
ました。同じNHOの急性期病院であることから、何か得るものがあると期待し、
事務の経営担当数名と看護部長、そして私の一行で訪問させていただきました。
今から思えば、これが大きな転機でした。大局的には当院と特別変わったことを
しているわけではありませんが、具体的な取り組みを伺うと、その違いが見えて
きました。
 まず、救急患者・紹介患者を100%受け入れているとのことでした。当院でも
応需率を上げるよう指示してきましたが、100%という状況には至っていません
でした。夜間の病棟は少ない看護師数で運用しているため、夜間の救急受け入れ
は容易ではありません。そこで同院では「オーバーナイトステイ病棟」を設け、
一旦その病棟で受け入れる体制を整えたとのことでした。なるほどと思い、当院
でもさっそくオーバーナイトステイ病棟を設置し、運用を開始しました。夜間は
検査に制限があり、重大な疾患を見逃すリスクがあります。救急車で来院される
患者さんは何らかの症状があるため、夜間の検査で異常が見つからなくても、少
なくとも一晩は経過を観察し、翌朝に詳細な検査を行って本当に問題がないかを
判断することとしました。これまでは、入院病棟の負担を考えるあまり、病状を
楽観的に捉えて帰宅していただくケースが多くありましたが、入院の敷居を下げ
ることで、一晩の観察が可能となりました。これらの対策により、救急搬送患者
数は令和6年度の6,595人から令和7年度には8,045人へと増加し、救急搬送患者の
入院数は、3622人から3699人に増加しました。
 また、他院から紹介があってもお断りしてしまうと、紹介元の先生は次から別
の病院へ紹介されることが容易に想像できます。せっかく紹介していただいた患
者さんは、できる限り快く受け入れるべきです。しかし、この点についても徹底
が難しい状況がありました。診療科のエゴが働き、自分が診たい患者さんは受け
入れる一方、そうでない患者さんは他院へ回そうとすることがあるためです。
 たとえ当院で治療できない病態であっても、当院で判断したうえで、適切に治
療できる病院へ紹介する流れにした方が、診療所の先生にとっても安心です。た
だし、緊急手術が必要で手術枠が空いていない場合や、小児の骨折のように当院
で治療可能な医師が不在で、100%他院紹介となる患者さんについては、問い合
わせ時点でお断りし、次の病院に当たっていただく方が患者さんの利益になりま
す。このため、当院では100%受け入れる体制にはしていませんが、お断りする
ケースの条件を明確化し、不明確な理由で断ることがないよう努めることで、紹
介患者の応需率を向上させています。
 救急患者の受け入れにおいても、緊急手術を必要とする患者さんの紹介があっ
た場合には、迅速に実施の可否を判断する必要があります。そのため、手術室枠
の空き状況をどこからでも閲覧できるようにし、手術枠が空いていることを確認
した上で術者に対応可能かを問い合わせる手順としました。これにより、救急隊
や紹介元医師に対して、受け入れ可否を迅速に返答できるようになりました。手
術件数も、令和6年度の6,679件から令和7年度は6,980件(全麻手術は3,123件か
ら3,340件)へと増加しました。
 東京医療センターを訪問した際、看護師長の役割が当院と大きく異なることに
気付きました。当院では入院の決定は医師が行い、看護師は受け身の立場で、病
床管理を担ってもらうという意識が薄かったのですが、東京医療センターでは看
護師長が「病院の経営者の一人」という立ち位置を明確にされていました。その
結果、病床が空いていることを「楽でありがたい」と捉えるのではなく、空床が
あれば緊急入院でも積極的に受け入れる姿勢が徹底されていました。この点はま
さに目から鱗でした。
 院長として病床状況は常に気になっていたものの、月1回の経営評価会で指示
を出す程度でした。しかし、病院を病棟単位で分け、各病棟を看護師長に「経営」
してもらうことで、細かな点に気付き、必要な介入を迅速に行ってくれるように
なりました。私と看護部長は病棟ラウンドを毎週半分ずつ行い、月に2巡するこ
とで、看護師長と直接話す機会を設けました。また、毎月の経営評価会では、2
病棟ずつ看護師長に病棟の状況・課題・対策を発表してもらうようにしました。
各病棟には主に入院患者を担当する診療科の医師を病棟担当医師として配置し、
このプレゼンテーションをサポートしてもらいました。看護師長が中心となりつ
つ、医師と連携する体制を各病棟で構築したことで、病院の経営課題について病
棟単位で議論され、的確な対策が取られるようになりました。
 一昨年度末に退職した看護師の数が見込みより少なかったため、年度初めは看
護師数が例年より多くなり、給与費が増加していましたが、残業時間を減らす努
力をしてくれたことで、給与費の増加を抑えることができました。
 その他にも、物品購入価格や委託料を下げる工夫が功を奏しました。これらは
渡部企画課長が中心となって進めてくれました。阪大病院・国立循環器病研究セ
ンター・当院の3施設でSPDの共同調達を始め、いくつかの共同購入グループに参
加しました。医療職には、これまで使用してきた物品に過度にこだわらないよう
依頼し、一定の品質を満たす複数の候補から価格競争を行い、より安価なものを
採用する方針を徹底しました。それ以外にも、非効率な委託契約の見直しなど、
地道な取り組みを続けてくれました。これらに減価償却費の減少が加わり、全体
で4.2億円の費用削減ができました。
 昨年度の経営指標をご報告します。新入院患者数は令和6年度の15,605人から
15,793人へと188人増加しました。しかし、平均在院日数が10.8日から10.5日へ
と短縮したため、在院患者数は459.5人から454.7人へと減少しました。一方、入
院診療単価は101,527円から105,228円へと増加し、入院収益は166.9億円から
169.4億円へと増加しました。外来では、患者数が1日平均983.8人から994.6人へ
と増加し、診療単価も34,867円から36,629円へと増加したため、外来収益は82.3
億円から86.6億円へと増加しました。
 医業収益は258.9億円となり、令和6年度から6.6億円増加しました。費用面で
は、人件費全体は2.0億円の増に留まり、材料費は増加圧力が強く、工夫をした
ものの3.3億円の増となりました。委託費も増加圧力が強く、0.58億円の増とな
りました。設備関係費は3.6億円の減、経費は0.98億円の減となり、医業費用全
体では1.2億円の増に留まりました。
 医業外収益では、アスベストにかかる資産除去債務の再計算により1.7億円の
増、国からの賃上げ・物価上昇支援金が人件費増分を差し引いて2.1億円の増と
なりました。これらを合わせると、令和7年度の経常収益は282.8億円で令和6年
度比12.8億円増、総支出は281.5億円で2.2億円増、収支差は1.2億円の黒字とな
りました。なお、決算はまだ確定しておらず、ここから消費税見込みが差し引か
れる予定ですが、過去の実績では多くても600万円程度とのことで、黒字である
ことは確実と考えています。
 受け入れ患者の応需率を上げたこと、予定外手術件数を増やせたこと、看護師
の協力により病床コントロールが巧みになり収益が増えたこと、看護師の残業時
間が減ったこと、物品購入価格の低減、委託費・経費の契約調整、減価償却費の
減少などにより費用が抑えられたこと、さらに再計算や国からの賃上げ・物価上
昇支援金といった幸運な収入も重なり、令和6年度の9.4億円の赤字から約10.6億
円の収支改善が得られ、約1.2億円の黒字となりました。
 昨年度前半は暗澹たる思いでしたが、様々な努力が実を結び、良い結果を得る
ことができました。難しい一年を乗り切れたことは大きな自信となりました。細
やかな経営改善策を教えてくださった東京医療センターの皆様、そして経営改善
に向けて真剣に取り組んでくれた職員の皆さんに感謝します。

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                     退職のご挨拶 
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                             精神科科長 
                               田宮 裕子 

 令和8年5月31日をもちまして国立病院機構大阪医療センターを退職することと
なりました。私のキャリアの中で国立病院機構への入職は2回目でした。1回目は
遠い昔の話になりますが、平成2年に国立病院機構の精神科単科病院に勤務しま
した。広大な土地にいくつもの病棟が点在し、当直の時は当直看護師長と一緒に
暗い夜道を歩いて病棟の見回りをするのが業務の一つでした。夏には近隣住民を
招いて患者さんと一緒に盆踊り大会を開催するなど、のどかな時間が流れていま
した。退職時には病院のロータリーを公用車で1周するのが退職の儀式でした。
あれから約30年、ご縁あって、国立病院機構の大阪医療センターに赴任すること
となりました。同じ国立病院機構の病院でも田舎にある単科の精神科病院と大都
会の救命救急センターのある総合病院精神科では、対応する患者層は全く異なり、
時間の流れもまったく違っていました。
 当科の主要な業務の一つに、救命救急センターへ搬送された自殺企図後の方々
への対応があります。救命救急センターに入院となる方々は身体治療が終われば
退院となります。短い入院期間の中で、生きづらさの背景を探り、精神的にどう
いった治療や支援が必要で、精神科治療をどこで継続すべきかなどを決めないと
いけません。限られた時間の中で、救命医、精神科医、ソーシャルワーカー、看
護師、薬剤師から成る多職種チームで知恵を絞りながら方針を決めていきました。
多職種チームでかかわることで、疾患への治療だけではなく、心理的な問題や経
済的な問題、家族環境、生活環境などにも着目し、多角的な支援を提供すること
ができる、いわゆる全人的医療を実践することができたことは、私にとって貴重
な経験となりました。
 私が勤務した7年間、COVID19の大流行もありました。有事の医療現場において
医療従事者の精神的な疲弊がいかに強いかを実感し、有事の医療現場での精神的
支援の在り方など、多くのことを体験し学ばせていただいたことを心から感謝し
ております。
 6月1日からは兵庫県立西宮病院、7月1日からは兵庫県立西宮総合医療センター
での勤務となります。当センターで得た貴重な経験を活かして地域医療に貢献で
きるように尽力してまいりたいと思っております。
 最後になりましたが、皆様のご健勝をお祈りいたしまして退職のご挨拶とさせ
ていただきます。

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                     就任のご挨拶        
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                                    腎臓内科科長 
                                                              楠 康生 
                                                                      
 2026年4月より腎臓内科科長として着任いたしました楠 康生と申します。簡
単に自己紹介をさせていただきます。
 私は2006年(平成18年)に大阪大学を卒業後、大阪厚生年金病院(現JCHO大阪病
院)で2年間の初期研修を行いました。新臨床研修制度が始まって間もない時期で
あり、当初は診療科を定めておりませんでしたが、この期間に前任の岩谷博次先
生のご指導を受け、腎臓内科を志すようになりました。卒後3~5年目は同院で腎
臓内科専門研修に従事し、その後、大阪大学で腎疾患診療を継続するとともに
CKDに合併する血管石灰化および骨代謝異常(CKD-MBD)の研究に携わりました。
2016年からは市立豊中病院に10年間勤務し、腎疾患および電解質異常に対する救
急診療にも数多く従事してまいりました。また、前任地ではCKD診療における切
れ目のない医療提供のため地域連携の重要性を再認識し、その推進に努めるとと
もに、血液透析・腹膜透析・腎移植の適切な選択にも注力してまいりました。
 このたび、2026年4月より岩谷博次先生の異動に伴い、大阪医療センターに勤
務させていただくこととなりました。現在は常勤医3名、シニアレジデント3名に
私を含めた体制で、腎疾患診療および血液浄化業務にあたっております。大阪医
療センターではこれまで、IgA腎症や多発性のう胞腎などの指定難病を中心に診
療が行われてきました。これらの診療を継続・発展させるとともに、超高齢社会
においては、透析導入原因の上位である糖尿病性腎臓病および腎硬化症(動脈硬
化・高血圧)に起因するCKDへの対策が、あらためて重要であると考えています。
一方で、とくに近年は慢性疾患を単一の医療機関のみで完結して診療することが
困難なケースも増加しています。今後は地域のCKD患者さんを支えるため、地域
の医療機関の皆様との連携を一層強化し、腎臓内科一丸となってCKD対策に取り
組むとともに、末期腎不全に対する血液透析および腹膜透析についても、地域連
携を軸にさらなる発展を目指してまいります。
 すでに多くの皆様より温かいご支援を賜っており、この場をお借りして厚く御
礼申し上げます。至らぬ点も多いかと存じますが、今後ともご支援とご指導を賜
りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

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                   看護のこころ
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                                      外来副看護師長
                                                            齊藤 明音
                                                              
 新緑の候、若葉が青々と茂り、初夏の風が心地よい季節となりました。皆様い
かがお過ごしでしょうか。さて、看護師になって31年、緩和ケア認定看護師にな
って16年目、外来副看護師長として10年目になりました。私にとって3回目の看
護のこころの寄稿にあたり、再び「看護のこころとは」を考えてみました。外来
診療で患者さんや家族の意思決定に年間400件以上関わる中で「心に留めている」
ことをお話ししたいと思います。
 私が、患者さんや家族の意思決定支援を行うとき、大切にしていることは「自
分が発した言葉が相手にどんな影響を与えるのかを知り、患者さんや家族に意見
を求められる際、その意見が相手の意思に少なからず影響を与えてしまうことを
自覚する」ということです。私は常に後輩スタッフや、看護学生には特に、意思
決定支援の際のコミュニケーションでは、「自身の意見、思いを横におく」こと
をアドバイスしています。患者さんや家族に「看護師さんだったら、看護師さん
の身内だったらどうしますか?」そう聞かれることは少なくありません。その時
私は、「悩みますし、他者の意見を聞きたくなりますよね」と共感し、当然の感
情を受け止めたことを伝えます。そのうえで個人の意見としてはお答えできない
こととその理由をお話し、相談はいつでもできることを申し添えて、苦しい時間
を共有することをお約束するようにしています。
 数年前に関わった30歳代で小さいお子さん2人とご主人との4人暮らしの患者さ
んがおられました。体調不良を契機に受診、がんと診断されました。ステージは
Ⅲ―Ⅳでした。手術療法で根治の見込みはなく、抗がん剤などの全身治療をすす
められました。ご本人は、病状について理解したうえで話されました。「抗がん
剤をする人を今までたくさん見てきた」「確かに自分には残す子供たちがいるが、
その子供たちと過ごす時間が、治療の時間で少なくなることや、治療の副作用に
よってよい時間が奪われることは到底納得できない」「自分らしく母親として残
っている時間を家族と過ごしたい」と、無治療を選択されました。その時、私を
含めて医師、看護師は治療をすることで延命できるかもしれないのにと一度は思
いました。私は、どうしてそう感じるのか、治療をしないことで命の時間が短く
なる、子どもたちと生きる時間が少なくなるかもしれないことは十分理解してい
るのか、周囲の家族はその決断で了承しているのか・・・早急な決断をせずに、
時間をかけて考えてほしいことをお伝えし、病状理解に齟齬がないように、十分
な理解のもとで、意思決定ができるようにと心がけ支援しました。その患者さん
は家族の同意もあり、ご本人の意思も決意もかたく、無治療となったため、当院
への通院はなくなりました。その後の経過は不明ですが、その決断に至る経過を
思い出すとき、自身の気持ちを少しでも患者さんに悟られていたら、患者さんが
思うような時間を家族と過ごせなかったかもしれないなと感じます。逆に、治療
はしたくないと初診時から表明していた80歳代の患者さんは、「生きてほしい」
という夫や子供など周囲の家族との話し合いで、抗がん剤治療を継続する意思を
かため現在も治療中です。このような経験をするとき、患者さんや家族の思いは
変化すること、その時々で十分な情報整理、理解がされている意思決定であれば
患者さんや家族にとっては最善であることを再認識します。
 今後も緩和ケア認定看護師として、また外来副看護師長として、揺らいだり、
立ち止まったりする患者さんや家族の感情を、当然のこととして受け止め、揺ら
ぐ思いとともにありながら、少し俯瞰して寄り添うことが意思決定支援では重要
だと心得て、邁進したいと思います。
 
ホームページ→https://osaka.hosp.go.jp/kango/index.html 

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             研 修 医 日 記        
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                                 研修医2年目
                                                             黄 健良

初めまして、研修医2年目の黄です。ついこの間入職したのに、もうすでに研修
医生活が折り返している事実に、時の流れが早いなと感じている今日この頃です。
それほど毎日が新しいことの連続で、充実しているのだと思います。
この日記を見ている学生の方に向けて、僕がこれまでに研修医として感じたこと
を少々書こうかと思います。

①当直について
夜間休日の当直業務は研修医の主たる業務の一つです。様々な主訴を訴える患者
さんの中から重症度を見抜き、適切な検査、治療を選択し、専門医に繋ぐ。言葉
で言うのは簡単ですが、忙しい救急外来の環境で実際に完璧にこなそうとすると
難しいと今でも感じます。研修医同期とこうしたら良かった、これはどうなのと
話し合ったり、振り返ったりすることで経験がつきます。当院はハイボリューム
センターなので、心臓、脳、救命をはじめとして様々な診療科のドクターにコン
サルトが夜間にもできます。非常に心強く、同時に勉強になる毎日です。

②ローテートについて
日々の診療も学ぶことが多いです。病態や薬剤の学びだけではなく、その選択に
至るまでの考え方、病棟マネジメント、立ち振る舞い方など。自分のロールモデ
ルとなる先生をどの科でも見つけられるのが、当院で研修した際の良い点だと感
じます。

③マッチングについて
情報がネット上にたくさんあり、何を判断基準にしたら良いか迷う方も多いと思
います。僕の1意見として聞いてもらえると幸いです。筆記試験はみなさん準備
して望まれると思うので、面接について。細かい言動や所作を見られているかも
しれないと緊張するとは思いますが、結局は人同士が話をしているに過ぎないと
思います。一般企業であっても、病院であってもそれは変わりません。自分の考
えや思いを自分の言葉で面接官に伝えようとする、そんな意識が大事なのだと思
います。

手短ではありますが、参考になれば幸いです。
                 
臨床研修のホームページ→
https://osaka.hosp.go.jp/kyujin/syokikensyu/nikki/index.html
 
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総編集長:院長 松村 泰志
編 集 長:副院長 平尾 素宏 渋谷 博美
     看護部長 世古 与子
編   集:池永 祐子
発  行:独立行政法人 国立病院機構 大阪医療センター院長室
         (〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14)
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 来月の今頃は、色とりどりのアジサイが綺麗に花を咲かせてくれるでしょう。
皆さま体調には十分ご留意ください。

408-osaka@mail.hosp.go.jp


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