放射線治療(放射線科)
1.放射線治療とは | 2.放射線治療の歴史 | 3.放射線治療の目的、種類とその適用
4.当院の放射線治療について | 5.放射線治療の対象となる主な腫瘍 | 6.放射線治療の有害事象
1.放射線治療とは
放射線が人体に当たる(照射される)と、その体内でさまざまな生物反応が誘発されます。
特に、細胞が生きていくのに必要な部分(遺伝子など)に傷がつくとその細胞は分裂することができなくなり、傷の修理ができない場合は死んでしまいます。
一般に、活発に分裂している細胞ほど放射線に弱いとされています。
そのため、放射線治療は正常細胞より分裂の盛んな癌細胞にたいしてより高い効果を発揮することができます(同じ理屈で、腸の粘膜や毛根の細胞の方が、脳神経などより放射線の副作用がおき易いということも説明できます)。
ただし、細胞によってはその理論があてはまらないものや、同じ細胞でも、そのおかれている環境(細胞周期、酸素状態など)によって放射線に弱くなったり強くなったりします。
同じ大きさの癌細胞でも、細胞のタイプや部位、それまでに受けた治療などで効果が変わったりするのはそのためです。
放射線治療の長所は、人体の一部を切除することなく治療を行える点にあります。
また、放射線は人体のいかなる場所にも照射することができますので(もちろん限界量はありますが)、切除不能な部位あるいは切除すると重篤な副作用が発生する部位にも治療が可能です。
また、手術・化学療法などに比べて治療による負担が少ないので高齢者や他の重篤な疾患をもっていらっしゃる患者さんにも治療が可能です。
治療の効果としては癌細胞の減量・消失、症状緩和があげられます。放射線は、単独で根治的に治療する(根治照射)こともできますし、手術で腫瘍を減量してから治療をおこなったり(術後照射)、術前に治療を行って手術しやすくしたり(術前照射)することもあります。
また、放射線感受性を高めるために化学療法を組み合わせて治療を行うこともあります。それから、疼痛や神経圧迫症状などの症状を改善するためにも有効です。
ただし、まったく安全で副作用のない治療というわけではありません。有害事象としては、放射線が照射された部位について治療中におこる強い炎症反応(急性期の障害)と治療後におこる萎縮性変化、組織障害(晩期の障害)があげられます。
10年以上経過してから、治療部位に放射線誘発を否定しきれない癌の出現を認めることもまれにあります。
ですから、治療については必ず専門の放射線腫瘍医が、癌の状態(大きさ、範囲、部位、転移の有無など)、患者さんの状態(年齢、他疾患の合併の有無など)、以前になされた治療の有無とその内容から、治療をするべきかどうか、するとしたらどの範囲にどのくらいの照射を行うのかを決めることが極めて重要になります。
2.放射線治療の歴史
放射線治療は1895年RoentgenによるX線の発見の1ヶ月後に始まりました。
癌治療としては、1896年には手術不能の咽頭癌に第一例が行われ、疼痛緩和を得ることに成功しました。
そして1899年にスウェーデンのStenbeckによる皮膚癌の治療が世界初の放射線治療による癌の根治例となりました。しかし、この当時のX線発生装置はX線のエネルギーが低く、体の深いところにある腫瘍に対する有効な治療は無理でした。
1898年Curie夫妻によるラジウムの発見はそれに対する一つの大きな打開策となりました。
1901年にはDanclos、Curieによりラジウム(から発生するガンマ線)が治療に応用されました。
小さなラジウム線源を用いた治療は小線源治療(Brachytherapy, Curietherapy)と言われ、癌病巣に密着させたり(モールド法)、直接埋め込んだり(腔内照射、組織内照射)など様々な治療を可能にしました。
手術療法が進歩した現在、今なお頭頚部腫瘍や子宮頚癌などで手術成績に匹敵する(あるいは上回る)治療成績をあげられるのは病巣内から直接照射することのできるこの治療に負うところが大きいです。
しかし、当時の小線源治療には、直接ラジウムに触れることによる医療従事者の被曝問題がありました。
そこで1960年代に医師が非放射性のアプリケータのみを患部に留置し、線源は遠隔操作式に後から挿入する遠隔後充填法(RALS , Remote Afterloading System)が発明されました。
これにより、医療従事者の被曝問題はほぼ解決されました。ちなみに小線源は、現在技術の進歩により、非常に小さく加工されるようになって体内の様々な部位を治療することが可能になっています。
また、同時にX線発生装置の進歩も目覚ましく、1913年Coolidgeによる真空X線管の発明からkVレベルのエネルギーのX線を発生することが可能になりました。
1930年代には1 MVを超すX線の発生装置が作られ、1950年代にはコバルト60遠隔照射装置(1.3 MV)、リニアック(直線加速器, Linear Accelerator; 現在は4-20 MVのエネルギーが用いられることが多い)が開発されました。
これらの進歩により、皮膚に大きな副作用をおこさずに、深いところにある病巣の治療が行えるようになりました。
そして、小線源治療が行いにくい部位にそれと同等の効果を得ようと言う試みとして、いくつもの方向から照射を行い患部に線量を集中させる定位放射線治療があります。
ガンマナイフ(これは加速器ではなく小線源を円形にならべて体外から当てようというものです)、リニアックナイフ、サイバーナイフなどと名づけられた治療が脳腫瘍などを中心に行われています。
また、さらに強い殺細胞効果を目指して、1930年代から速中性子、熱中性子、陽子、重粒子、π-中間子などの研究開発が進められています。
日本でも一部が臨床に応用され、その効果が期待されています。
放射線治療の100年の歴史は、このように発生装置の向上と医療従事者被曝の解消を目指した歴史でした。
次の100年は治療成績の更なる向上と有害事象の軽減が目標となります。
3.放射線治療の目的、種類とその適用
(当院で治療できないものも含む)
1)外部照射法
外部照射(外照射ともいう)は全身のどこにでも治療ができるという長所をもっています。病気が比較的広い範囲に存在する場合や予防的に患部とその周辺を治療したいときには有効です。
小線源が「せまく、強い」治療だとすると、外照射は「広く、まんべんのない」治療だといえます。
正常組織もかなり治療範囲に含まれてしまうので、小線源治療とはちがい、一回に治療する放射線の量を落として、ゆっくりおこなっていくことが多いです。
短所は、患者さんの体の動きや、呼吸や腸の動きなどにより患部が治療範囲からはみでたりすることがあるので、ある程度余分をみて広く治療しなければならないことです。
I) 照射単独
各種悪性・良性腫瘍および(動静脈奇形などの)良性疾患にたいして放射線だけで病気を治す目的でおこないます。術前や術後の放射線治療よりはたくさんの量の放射線で治療します。
II) 術前照射
根治手術の前に行います。眼には見えない周辺への転移を予防しつつ、手術で取り易くなるように腫瘍を縮小させるのが目的となります。
III) 術中照射
胃癌、膵癌などの手術中におなかを開けた状態で患部に(一回しかできないので)たくさんの放射線をあてて手術による取り残しを予防するという治療です。
IV) 術後照射
手術後に取り残した可能性のある患部や微少転移に対して照射を行います。
2)密封小線源治療
以前は放射能が弱いラジウム、セシウムなどの線源を直接(医師が持って)刺入していました(低線量率照射)。
しかし、治療時間が長くかかるのと医療従事者の被曝の問題があるので、現在は治療用のアプリケータのみを先に刺入しておき、治療用の線源は後から遠隔操作で挿入するように置き換わりつつあります。
また、低線量率照射は患者さんが治療期間中に鉛で防御された個室内に隔離される必要がありました。
そこで、短時間にたくさんの放射線を出す高線量率の線源を用いることで治療は一日のごく一部の時間にだけおこない、あとは普通の病室で生活していただくという治療がはじまりました(高線量率照射)。
現在、高線量率照射で従来の低線量率と同様、あるいはそれ以上の結果を得られるかが課題となっています。
I)腔内照射
子宮、食道、胆管、気管支、上咽頭などの自然腔に治療用アプリケータを挿入して行います。
悪性腫瘍だけでなく閉塞性動脈疾患などの良性疾患なども対象となります。長所は体内に刺入しなくてよいので技術的に簡単であること、欠点としては正常の管腔越しに治療するので管腔から体内深くに浸潤している腫瘍には効果が低くなることが挙げられます。
II)組織内照射
頭頚部腫瘍、骨盤部腫瘍、皮膚癌、乳癌、軟部組織腫瘍およびケロイド、翼状片などの良性疾患などが対象となります。
治療用線源を一時的に埋め込む場合と永久に埋め込む場合とがあります。
一時刺入の方が一般的ですが、前立腺癌におけるヨード-125の永久埋め込みは治療期間が短期間ですみ、入院日数も少なくて済むという利点からアメリカなどで爆発的に流行しています。
この治療の長所は、腫瘍に直接刺入するため腫瘍そのものに最も高い線量が照射され、正常組織への被曝が最小限となる点です。
その意味で理想的な放射線治療といえます。
短所としては、刺入可能な部位に治療が限られること、治療可能な設備を持った施設、技術を持った医師が少ないことが挙げられます。
3)非密封の放射線同位元素による治療
放射性ヨード(甲状腺癌)、放射性ストロンチウム(転移性骨腫瘍)などのRI (ラジオアイソトープ)を体内に注入します(これらのアイソトープはそれぞれ甲状腺、骨に取り込まれやすい性質を持っています)。
患部にアイソトープが取り込まれると、発生するβ線が治療をおこないます。
長所は腫瘍が全身に散らばっていても対応可能な点が挙げられますが、いまだ完全なものではなく第一に選ぶべき治療とはなっていません。
また、ストロンチウムは現在臨床試験段階で、正式な認可はまだ得られていません。
4.当院の放射線治療について
当院はリニアック2台と第三世代のリモートアフターローダ1台を持っています。
リニアックは、1台が比較的浅い部位の治療用に(4 MVのX線)、もう1台は比較的深部の治療用に(4および10 MV)使用しています。
また、4から15 MeVの電子線も照射可能です。
2002年12月から2003年11月までの1年で延べ435人の治療を行いました。
内訳は多いものから、乳腺腫瘍29%、腹部・消化管腫瘍17%、婦人科腫瘍12%、肺・縦隔腫瘍10%、泌尿器科腫瘍10%、頭頚部腫瘍10%、その他12%となっています。
そのうちの6人の方に定位放射線治療(リニアックナイフ)による治療を行いました。
そして、リモートアフターローダは2003年4月より第三世代の機器に更新されました。この約半年は立ち上げということもあり、比較的少ない治療人数(32人:組織内照射;25人、腔内照射;7人)でしたが、今後かなり増えてくると思われます。
当院の放射線治療の流れを説明します。
1)外照射
CTを用いて位置決めをする場合とリニアック上で直接位置決めをする場合があります。CTの場合は、位置決めの日には治療をする姿勢を決めてその体位でCTを撮影します(15-30分)。
その翌日に実際のリニアックの治療台上で治療部位のマーキングを行い、リニアックグラフィーという確認写真で位置決めを確認してから1回目の治療を行います(約30分)。
2回目以降の治療は治療部位の変更などがない限り毎日約10分の治療を続けていきます。
また、治療期間中は患部に書かれた治療用のマークを消さないための注意が必要です。治療期間中は患部までお風呂につかったり、石鹸や湿布、軟膏などを指示時以外は塗ったりしないことが望ましいです。
2) 小線源治療
i) 乳癌の組織内照射について紹介します。
まず外科の医師が乳房温存手術を行います。そのときに同時に組織内照射用のアプリケータチューブを留置します。外科の主治医と確認しながらどこにどの程度の治療をすべきか考えながら留置できるのが利点といえます。その後、日を改めて治療室の方で計画写真を撮影します。その写真をもとに適切な計画を立てて治療開始となります。1日15分ほどの治療を1日2回行い、手術の日から約1週間で治療が終了します。
ii) 前立腺癌の高線量率組織内照射
手術室で麻酔科の医師が腰椎麻酔と硬膜外麻酔という麻酔をかけます。このことで下半身の感覚がなくなりますので刺入に伴う痛みがなくなります。エコーの検査を行いながら、正確に前立腺に治療用のアプリケータを刺入していきます。また、膀胱・直腸への被曝線量を測定するための器具も挿入します。手術は1時間ほどで終了します。その後、治療室で計画写真をとり、計画ができ次第治療を開始します。1日15分ほどの治療を1日2回行い、1週間で治療は終了します。
iii) 子宮頚癌の腔内照射
前日に婦人科の医師に子宮の大きさ・傾きなどを測定していただき、同時にラミナリアという子宮頚管を広げる器具を挿入する処置をしておきます。当日はラミナリアを抜去してから、治療用の器具を子宮、膣内に挿入します。また、膀胱・直腸への被曝線量を測定するための器具も挿入します。治療用器具の位置は治療に有効でかつ膀胱・直腸線量を減らすように配慮します。それから、計画用写真を撮影し治療時間の計算を行います。計算が終わったら、治療が始まります。治療終了後、器具を抜去し、消毒して終わります。患者さんの入室から退室までが大体1-1.5時間となります。
5.放射線治療の対象となる主な腫瘍
放射線治療が有効な腫瘍のうち代表的なものを紹介します。
また、ここに示す成績は主に放射線治療をおこなった病巣に対する局所制御率――照射した病巣を制御できた率――です。
生存率、治癒率とは違います(転移などの問題もありますので通常は治癒率の方が、局所制御率よりは低くなります)。
1)脳
構造的に十分な余裕をもって手術するのは困難な部位です。
そのため放射線治療が必要となることが多いのですが、放射線抵抗性の高い腫瘍が多いので治療成績は低いです。
I)原発性腫瘍
胚芽腫など、放射線治療のみで治癒する可能性が高い腫瘍もありますが、多くは手術療法の後の術後照射として用いられます。
制御率は概ね満足できるものではなく、再発率は高いのが現状です。
II)転移性脳腫瘍
多発性の場合には、全脳照射により、症状緩和をねらった治療が行われます。
小さく限局しているものには定位放射線治療などによる治療効果の向上が期待されます。
2)頭頚部
頭頚部は眼、鼻、耳、のどなど毎日の生活に不可欠な重要臓器が複雑な構造で組み合わせられている部位です。
手術療法は有効ですが、形態や機能(発声、咀嚼)の温存のために、放射線治療が有用です。
見たり触れたりできるため、放射線の効果が判断し易く、正確な組織内照射を行い易いことが治療成績を良いものにしています。
早期癌については手術療法とくらべてもほぼ同じ治癒率が期待できます。
しかし、より進行している場合には何らかのかたちで手術療法と組み合わせることが多くなります。
I)舌癌
組織内照射が有効であるために、T1, T2, T3(以後1, 2, 3期と表記します)の早期癌であればそれぞれ80-100, 70-90, 45-70%の局所制御率が期待できます。
1, 2期に関しては、手術療法と比べて全く同等です。高線量率組織内照射の導入によって、以前の低線量率組織内照射と違い、患者さんの負担は非常に軽くなりました。
より進行している場合にも、縮小手術と組織内照射を組み合わせることで、高い局所制御率と機能温存が得られるという海外からの報告もあります。
リンパ節転移については一般には手術が必要です。
II)中咽頭癌
頻度の高いものは扁桃癌、舌根癌などですが、いずれも手術療法では再建手術などの大きなものになることが多いです。
そのため、放射線治療が有用となります。
上咽頭癌とともに放射線感受性が高いことが多く、手術に匹敵する治療成績が得られます。
外部照射単独で治療を行う場合と外部照射と組織内照射の併用療法の場合がありますが、一般的には組織内照射を併用する方が治療成績が良好です。
ただ、技術的に難しい部位なので、組織内照射に詳しい施設・医師のもとで治療を受けることが望ましいです。
扁桃癌
外部照射単独(局所制御率1,2,3期でそれぞれ80-100, 60-80, 40-70%)
組織内照射併用(局所制御率1,2,3期でそれぞれ90-100, 80-100, 60-70%)
舌根癌
外部照射単独(局所制御率1,2,3期でそれぞれ80-95, 60-90, 25-70%)
組織内照射併用(局所制御率1,2,3期でそれぞれ85-100, 70-90, 40-70%)
日本では、大阪成人病センターが短期成績ながら局所制御率で約90%と優れた成績を報告しています。
III)喉頭癌(声門癌)
1, 2期の早期癌であれば外部照射によって、それぞれ約90, 70%の局所制御率が期待できます。
リンパ節転移が比較的少ないため照射野(放射線を照射する範囲)を局所に絞ることができ、そのため治療による負担が少ないのが特徴です。
IV)皮膚癌
皮膚癌は放射線治療が始まって以来、放射線治療が有効なものとして(メラノーマをのぞく)治療に用いられてきました。
現在では手術療法が優先されていますが、手術することで美容的、機能的に問題になるような部位では放射線治療が有効です。
例えば、ヨーロッパからは鼻の皮膚癌1676名という膨大な治療経験が報告され、高い局所制御率(2 cm未満96%, 2-3.9 cmで88%, 4 cm以上でも81%)をあげています。
日本では人種的に皮膚癌は少ないのですが、口唇、鼻、眼瞼、耳介などや肛門(後述)などには是非行われるべき疾患です。
また、良性疾患ではありますが、ケロイドに対しても放射線治療する場合があります。
手術で切除した後に放射線治療(組織内照射もしくは外照射)を行うことで約80%の方に再発を予防できるとされています。
3)胸部
体幹部は乳癌を除き、腫瘍を見たり触れたりすることができないので、発見時にすでに進行していることが多く、治療が困難です。
放射線治療も、治療中の反応をつかみにくいこと、重要な内臓がたくさんあるため治療量に制限が課せられること、などから役割が手術と比べて低くなります。
それでも手術不能な方には根治的に、手術可能な方でもその前後にと放射線が役割を与えられることもあります。
転移病巣への緩和治療も有効です。
I)乳癌
早期乳癌に対する乳房温存療法の一環として、温存手術後の全乳腺に接線照射(肺や心臓への被曝を最小限にするために斜め方向から放射線を照射する)を行います。
乳房内制御率は90-99%と非常に高いのが特徴です。
しかし長期の潜伏期間を経て転移が見つかることがあるのできっちりと経過観察を行うことが重要です。
接線照射の有害事象は放射線肺炎や皮膚の蜂か織炎などが約1、2%に認められる程度で命にかかわるものはほとんどありません。
また、組織内照射をおこなう場合もあります。治療用のアプリケータチューブを温存手術の際に留置し、手術の4,5日後から約3日間の照射を行います。目的としては最も再発しやすい手術切除断端により強い放射線をあてること、治療期間を短縮することです。接線照射の場合、手術から治療終了まで約3ヶ月かかるという短所があるため、仕事、育児や介護のために早期社会復帰を希望される方を中心に当院では臨床試験という形で組織内照射を行っています。欧米の報告でも良好な成績を挙げているようですので、今後治療の選択肢の一つとして重要になるのではないかと考えています。
また、再発・転移巣への治療も有効で放射線治療がかかわる頻度が非常に高い腫瘍です。
II)肺癌
手術の前後に放射線療法がおこなわれるのが一般的です。
手術ができない場合に、根治的放射線療法(±化学療法)が行われます。
早期癌であれば放射線治療でも局所制御可能です。しかし、転移がひんぱんにみられることから治癒率は低いというのが現実です。
新しい試みとして、原体・定位照射や小線源治療などがおこなわれています。
より高い局所制御率が期待されます。
III)食道癌
比較的早期の癌であれば放射線治療(化学療法併用)により根治可能ですが、内視鏡的粘膜抜去術や拡大手術などと比較したうえでの治療選択が重要です。
1期であれば、放射線単独ないしは化学療法併用で局所制御率50-70%が期待されますが、進行するほど不良になります。
また、転移が高い頻度でみられます。
そのため進行例では手術成績を向上させる目的で、化学療法併用の術前照射をおこなうことが多いです。
4)腹部
腹部には、胸部以上に放射線に弱い内臓(腎臓、肝臓、小腸など)が多く、放射線のみで根治を目指すことは困難です。
しかし、手術後の再発予防の治療(膵臓癌、胆嚢・胆管癌など)として、転移予防の治療として(子宮癌、セミノーマなど)、用いられることもあります。
また、再発後の治療にも有効な場合があります。
5)骨盤
骨盤は頭頚部同様、見たり触れたりできる腫瘍があること、重要臓器が比較的少ないことから放射線治療が有効です。
小線源治療をうまく活用することで、手術療法に匹敵する成績をあげられます。
肛門、陰茎、前立腺などを温存することで排泄機能、性機能の温存が期待できます。
また、卵巣、精巣、子宮などは照射野に含まれた場合、機能としてはかなり低下しますが、性のシンボル的存在を温存することで精神的な悪影響を減らすことができます。
I)子宮頚癌
小線源治療が可能であることから全ての病期(1B期以上)が治療の対象となります。
腔内照射と外照射の併用療法により、1期でほぼ100%、2期で80-90%、3期でも50-70%の局所制御率が得られます(転移の問題があるため治癒率はそれを10-20%下回ります)。
そして、腔内照射という強力な治療がおこなえるので、放射線が効きにくいとされる腺癌も扁平上皮癌と同じくらいの治療成績をあげている(腺癌は転移が多いという報告がありますので、治癒率については報告によってさまざまです)のも大きな特徴です。
また、近年さらに治療成績を上げる方法として組織内照射、化学療法の併が挙げられ、大きく注目されています。
組織内照射については、2000年にAmerican Brachytherapy Society(アメリカの小線源治療の組織)が、前後方向に大きい、いわゆる樽型の子宮癌や膣浸潤が著明な子宮癌(通常の腔内照射では治りにくいもの)でも組織内照射を行うことで治療成績が改善できる、との諸家の報告をまとめ、アナウンスしました。
それから、化学療法については、欧米から複数の臨床試験により放射線治療と同時にプラチナ系の抗癌剤を併用することで、治療成績が改善するという結果が出ました。
現在日本でも急速に広まりつつあります(しかし放射線治療が中心となっている欧米と違い、日本では、高齢者や他疾患を合併されている方が主に放射線治療を受けているため、抗癌剤の強さについては今後の検討課題です)。
日本では、岡林式など優れた手術術式が生まれたこともあり、2期までが手術、3期以上は放射線治療というのが一般的ですが、欧米では1,2期でも放射線治療を主体とする場合も多いです(米国のNational Cancer Instituteの作成しているインターネット-Cancer Net-では、「2bから4a期については放射線治療±化学療法が第一選択」となっています)。
II)前立腺癌
1,2期で転移を認めない癌においては、手術療法と放射線療法のどちらも有効です。
放射線治療では1期90-100%、2期70-90%、3期60-80%の局所制御率が期待できます。病期、腫瘍マーカー、腫瘍の分化度などから割り出された予後良好群については手術、外照射、高線量率組織内照射およびヨード永久挿入法による組織内照射のどれも同様に有効で成績もほぼ同等と考えられています。
それ以上に進行しているものについてはどの治療法も満足すべき段階ではないというのが実状です。
現在、高線量率組織内照射や外照射の技術向上(原体照射、IMRT-照射中に照射野を自在に変更させることにより、近接臓器をさけながらより高い線量を患部に照射する方法-)などの試みが期待されています。
高線量率組織内照射は、①従来の外照射より高い線量を照射できる、②現在、欧米で大流行しているヨード線源の永久刺入法では治療できない前立腺の被膜の外や精嚢も治療できる、③直接患部にアプリケータを刺入するため外照射と違い前立腺の日々の動きによるズレを考慮する必要がない、という長所をもっており注目されています。
IMRTや原体照射は治療に際して組織内照射のように麻酔が不要ですので、心臓などの疾患などで麻酔を使いにくい患者さんにも治療可能です。
ただ、この疾患については転移率が高く、そちらの方がむしろ大きな課題となっているといって良いかもしれません。
そのためホルモン療法など、むしろ転移を抑える治療の方が今後重要となってくると考えられます。
III)膀胱癌
外照射単独による治療成績は一般に手術療法と比較して劣ることが多く、手術可能な限り手術が優先されることが多いです。
しかし、膀胱摘出により、人工尿管を作ることで患者さんの生活の質を落とすのも事実です。
欧米では組織内照射(±膀胱の部分切除術)を行うことで膀胱の温存を試みている施設もあります。
一個所に限局していてアプリケータの刺入が可能な腫瘍であれば、外照射との組み合わせで高い局所制御率が報告されています(2期についてはこの方法で膀胱全摘出術と同等であるとの報告もあります。
局所制御率1期70-90%、2期70-90%、3期60-80%)。
日本ではほとんど組織内照射の報告がなく、今後の放射線腫瘍医の努力次第で患者さんに大きく貢献できると思われます。
IV)陰茎癌
膀胱癌同様、日本ではほとんど手術療法がなされています。
しかし、陰茎を切断することは治療後の性生活、精神状態に悪影響をおよぼします。
そのため、乳癌、子宮癌と並んで、性の象徴的存在である陰茎を温存するために、放射線治療が果たすべき役割は大きいです。
ヨーロッパを中心に組織内照射(+外照射)による良好な成績が報告(1, 2期なら局所制御率 80-90%)があります。
有害事象としての尿道狭窄や陰茎の放射線壊死の危険はあるものの(そのため陰茎温存率は局所制御率よりやや低下します)、日本でも、もっと行われて良い治療です。
V)肛門癌
肛門温存が大きな目的となります。
非常に放射線が効きやすい癌であることで有名です。
化学療法との併用で手術と同様の効果が期待できます。
外照射のみの場合と組織内照射併用の場合がありますが、いずれも高い治療成績が報告されています(1, 2, 3期でそれぞれ局所制御率90-100, 70-90, 50-70%)。
しかし、腫瘍の大きさ、照射の範囲にもよりますが肛門括約筋障害などの有害事象も10-12%は報告されている(そのため生涯肛門温存率は局所制御率より若干低下します)。
腫瘍の浸潤次第では手術が勧められる場合がありますが、かなりの場合は放射線治療がその有力な第一選択の治療となります。
6)血液腫瘍
血液腫瘍については局所療法で根治することは少ないので、放射線治療は化学療法のサポート的役割となります。
I)悪性リンパ腫
放射線で治癒する血液腫瘍として古くから盛んに治療に用いられてきました。
しかし、化学療法全盛期の現在、その役割は薄れつつあります。
それでも、高齢者や早期のホジキンリンパ腫については今でも放射線治療のみで治療されることもあります。
非ホジキンリンパ腫に対しても化学療法のみより放射線治療併用の方が成績が良かったという報告があることから、化学療法後の地固め的役割として今も用いられています。再発時の治療としてももちろん有力です。
放射線照射は30-50 Gyと、他の固形腫瘍より少ない線量で治療可能であり、有害事象も比較的少ないです。
しかし、若年の患者さんが多い疾患であるため、(晩期障害についての患者さんの理解も得ながら)治療を行うことが重要です。
II)白血病
根治的治療の一環として骨髄移植における全身照射、急性リンパ性白血病における全脳照射があります。
放射線感受性が非常に高いので線量は低くても高い治療効果が得られます。
また、骨髄移植の際には全身照射により宿主の免疫力を低下させ、移植骨髄に対する拒絶反応を減らすという効果もあります。
7)転移性骨腫瘍
転移病巣により疼痛、しびれ・麻痺などの神経症状が出てきた(もしくは近い将来に出てきそうな)場合が治療の適応となります。
原疾患により、放射線治療の効果も変わってきますが、疼痛緩和は約70%に期待できます。
しかし、痛みがとれても、腫瘍が縮小し正常な骨化が進んでくるまでは圧迫骨折などに気をつける必要があります。
6.放射線治療の有害事象
1) 急性期の障害
治療中の副作用としては、全身的なものとして放射線宿酔がありますが、原則的には治療した部位にしか副作用は起こりません。
以下の急性期の炎症反応は、放射線療法の直前や同時に化学療法をおこなうと、より強くおこってくることが多いです。
I) 放射線宿酔
体内に放射線という異物が当たることによって起こる反応と考えられるもので、治療を受けてから2-3時間経ってからなんとなくだるい、眠い、食欲がない、吐き気がする、などの症状がでます。
体の中心に広い範囲で治療する方に出ることが多く、早い人では1回目の治療から出現します。治療が終わるまで続く場合も治療中におさまってしまう場合もあります。
II)白血球減少、血小板減少、貧血(赤血球減少)
骨盤や脊椎などの骨では、さまざまな種類の血液成分をつくっています。
そのため骨盤や脊椎を治療することで骨髄の機能が低下し、白血球や血小板、赤血球が減少することがあります。
放射線のみで治療する場合には全脊椎照射などよほど広い範囲を治療しないかぎり、輸血が必要になることはまずありません。
III)以降は、治療してるところにだけおこります。
III)皮膚、毛嚢の炎症
治療が進んでいくと、放射線が当たっている部位に一致して炎症がおこってきます。
皮膚が赤くなったり、かゆくなったり、ひどいときはめくれたりします。
同時に毛穴も炎症をおこすので、治療部位の毛が抜けたり、汗が出にくくなったりします。治療がおわってもしばらくはかさかさしたり、(汗が減るので熱が発散できなくなり)熱感が残ったりします。
毛髪は当たった放射線の量が少なければ半年くらいかけて回復してきますが、以前より細くやわらかな毛になることが多いです。
治療中はできるだけ皮膚への刺激をさけ、けっして医師の指示なしに湿布や塗り薬をつけたりしないようにしてください。
IV)各部位の炎症
・頭部
頭痛、吐き気などの症状がでます。腫瘍が(治療の効果が出てくる前に)大きくなってくることで脳神経を圧迫し、症状が治療前よりかえって悪くなることがあります。
その場合は、脳の圧を下げるような飲み薬や点滴をしながら、治療を続けます。
・頭頚部
喉に炎症がおこると、痛む、しみる、声がかれるなどの症状がでてきます。
また、唾液が減少し味覚が低下・消失することがあります(この症状は治療の範囲・量によっては永久に回復しなくなることもあります)。
眼が治療されると結膜炎や涙の減少、鼻が治療されると鼻汁の減少、耳が治療されると外耳・中耳炎などがみられます。耳下腺の炎症により最初の数回の治療でおたふくかぜのように耳の前方が腫れて痛くなることもあります。
喉が治療される場合には、よくうがいをおこなって、喉のうるおいをできるだけ保つようにしてください。
大声をださず、しゃべりすぎないようにしてください。
食事は熱いもの、辛いものを避け、禁酒・禁煙を守ってください。
・ 胸部
食物の通り道である食道があれてくると(食道炎)、つばをのみこむと痛い、食べ物が引っかかる感じなどがしてきます。
食事は熱いもの、辛いものを避け、禁酒・禁煙を守ってください。
・ 腹部
胃や小腸に放射線があたるのでむねやけや腹部の不快感・痛み、食欲低下がおこることがあります。
食事は刺激物を避け(消化の良いものを)、禁酒・禁煙を守ってください。
・ 骨盤
大腸に放射線があたるので腹痛、下痢などがおこることがあります。
ひどいときは1日に10回近くトイレにいくような時期もあるかもしれません。
また、膀胱炎がおこると、尿が近くなるとか、しみる、急く、といった症状がでてきます。
水分をたくさんとることで、脱水にならないように気を付けてください。食事は刺激物を避け(消化の良いものを)、禁酒・禁煙を守ってください。
肛門部に放射線があたる場合は排便後にきつく拭きすぎないようにしてください。
ぬるめのお湯で洗って、おさえ拭きしてください。
卵巣・精巣に照射されると不妊になる可能性が高くなります。
子宮・膣部にたくさんの照射がされた場合には、粘液分泌が減り、(萎縮・癒着などがおこって)膣が狭くなり性交時の苦痛が増すことがあります。
治療中は性交・妊娠(どんな部位の治療でも治療中の妊娠は絶対に避けてください)はひかえてください。
治療後は清潔・うるおいを保つ工夫をしながら性交をおこなってください(海外では膣の癒着を防ぐために積極的な性交が奨励されています)。
2) 晩期の障害
急性期の障害と違い、ほとんどおこらないものが多いのですが、おこってしまうと難治性で治療にてこずることが多いです。
同じ所に2回以上放射線治療をおこなうと(たとえ何十年前の治療だったとしても)障害の発生率は高くなります。
また、手術や化学療法を以前に受けていることでおこりやすくなるものもあります。
命にかかわるものもありますので、治療前に十分その危険性を知っておく必要があります。
・ 頭部
脳神経障害(壊死、神経麻痺、萎縮)、ホルモン分泌障害、などがあります。
・頭頚部
眼;白内障、視機能障害、涙液低下によるドライアイなど。
耳;聴覚障害など
鼻;乾燥症など。
咽頭・口腔;唾液腺障害、味覚障害、歯科疾患(歯牙脱落、歯周病)、顎骨障害、粘膜壊死・ 潰瘍、など。
喉頭;声帯浮腫など。それに伴って呼吸困難が稀に起こることがあります。
・胸部
放射線肺炎; 治療直後から約半年までの間におこることが多く、空咳、微熱、呼吸困難感
などがその主な症状です。
ステロイドなどの治療が必要になることもありますし、場合によっては命にかかわることもあります。
食道潰瘍・狭窄;食道癌の方におこりやすい症状で治療後の禁酒が重要です。
・ 腹部
胃潰瘍、膵炎などがおこりやすくなります。
肝臓や腎臓の機能低下がおこることがあります。
腸の動きが悪くなったり、腸閉塞になったりします。ひどいときには手術が必要になり人工肛門を設置しなければならなくなることもあります。
・ 骨盤
腸については腹部と同様です。とくにおなかの手術をしたことのある方は注意が必要で、腸閉塞がおこりやすい最初の1,2年はきっちりした排便習慣を保つことが大事です。
また、小線源治療や特殊な外照射(原体照射など)などの強い治療を受けた方は患部の近くの直腸やS状結腸などに潰瘍をおこすことがあります(もちろん通常の外照射でもおきる可能性はあります)。
膀胱については、壁がかたくなり、尿が以前ほど我慢できなくなったり血尿が出たりすることがあります。
膀胱についても、ひどいときには人工尿管が必要になることがあります。
とくに、再発などの事情で同じ所に何回も当てている方はその可能性が高くなります。
リンパの流れが悪くなるので足や会陰部がむくんだりすることがあります。
リンパ節を郭清するような手術を受けられてる方はとくにおこりやすくなります。
卵巣、精巣機能が低下すること、子宮・膣の萎縮性変化については急性期の項で述べました。
・脊髄
脊髄障害は、治療後半年から2年くらいまでの間におこりやすいとされています。
放射線が当たった所の脊髄神経が一定の期間を経て変性、壊死してしまい、そのレベルで脊髄麻痺をおこしてしまいます。有効な治療法は今のところありません。
・ 骨・筋肉
どちらも放射線に非常に強く障害がおこることはまれです。しかし、発達期の方に治療すると、成長がとまったり、筋肉がかたくなったり、関節の動きが悪くなったりします。
・ 放射線誘発癌
非常にまれですが、治療後10年以上たってから、放射線治療の照射野の範囲内から癌や肉腫が発生することがあります。
もちろん、放射線のせいという証拠はありませんが、その可能性は常に否定できません。そのため、とくに若年者に治療をおこなうときは慎重な判断が必要です。