心房細動治療
当院では全国に先駆けて心房細動外来を開設し、心房細動の専門診療に取り組んでおります。心房細動患者は多彩な背景、病態、症状を呈するため、個々の心房細動症例に応じて最適な抗血栓療法、抗不整脈薬による治療、カテーテルアブレーション適応の是非を考え、包括的な視点から心房細動患者の治療を行っています。
心房細動とは
心房細動とは、本来の正常な脈を出すところ(洞結節)以外の部位から、1分間に600~1000回におよぶ異常な脈が発生する不整脈です。心房は十分な収縮・拡張運動ができなくなり、けいれん状態になってしまいます。また、心房の脈すべてが心室に伝えられることはありませんが、心室の脈も速くなり(1分間に100-200回程度)、規則性のないバラバラの脈になります。
診断は心電図で行い、心房の脈は細かい揺れ(細動波)として記録され、心室の脈が全く規則性のない不整脈であることが特徴です。
心房細動になると脈の乱れを感じて動悸症状や胸がつかえるような感じ、苦しい感じ、めまい・ふらつきといった症状が出ることがありますが、一方で何も症状なく、健診で心電図をとった際に初めて診断されるということもあります。
心房細動そのものは良性の疾患であり、直接には寿命(生命予後)に関わりません。しかし、脳梗塞などの血栓塞栓症を生じると予後不良となります。また、心房細動に心不全や心筋症・弁膜症を合併する場合があり、これらの疾患によっては予後に影響する可能性があります。
血栓塞栓症と抗血栓療法
心房細動で最も注意しなければならないのは、脳梗塞などの血栓塞栓症を生じる危険があるということです。けいれん状態になってしまった心房では、血液をうまく運搬する機能が働かず、くぼんだ所(心耳)を中心に血液のよどみが生じます。血液は流れが止まると固まる性質があるので、心臓のなかに血のかたまり(血栓)ができ、それが血流にのって血管に目詰まりをきたすことがあります(塞栓症)。
特に脳の血管は血流が多いにも関わらず細いため、血栓がつまり脳梗塞を起こす危険があります。心房細動によってできた血栓は大きく、重症の脳梗塞を来しやすいため、血液をかたまりにくくさせ、血栓形成を予防する治療(抗血栓療法)を行うことが重要です。
高齢(75歳以上)であったり、心不全、高血圧、糖尿病などの疾患を持っていたり、脳卒中になったことがあるような方は心房細動による脳梗塞発症リスクが高いため、抗血栓療法を行います。
抗血栓療法に使用する薬剤(抗凝固薬)は、以前はワルファリンという薬剤のみでありましたが、現在ではその他にダビガトラン、リバロキサバン、アピキサバン、エドキサバンが加わり、合計5種類の薬剤が使用可能です。心疾患の有無や腎臓の機能などを参考にして、適切な薬剤と用量を決定します。いずれの薬剤を選択することになっても、抗凝固薬は全て出血しやすくなる副作用がありますので、大きな出血がないか、貧血になっていないかなどを慎重にみていく必要があります。特に飲み始めの時期は要注意で、血液検査を含めたチェックを行うべきとされています。
心房細動と合併症
心房細動は虚血性心疾患や心筋症、弁膜症などの器質的心疾患を原因として起こってくることがあります。心疾患以外にも、高血圧や糖尿病、甲状腺機能異常や腎臓病などと関連するといわれています。このため、心房細動を認めたら、心電図以外に、胸部X線撮影や心エコー図検査、血液検査など行い、全身の状態を確認します。
器質的心疾患などを合併している場合、こちらへの対処を怠ると心房細動の治療がうまくいかないばかりか、生命予後も悪化してしまいます。簡易な検査で異常が疑われたら、CT・MRIといった画像検査や入院による精密検査を行って診断を確定し、適切な治療を行っていきます。
また、近年では、心房細動のみにより心機能低下をきたし、心不全になってしまう場合があることが報告されており(頻脈誘発性心筋症)、こうした方は心房細動を治すことにより心機能が正常化する可能性があり、注目されています。
心房細動そのものへの治療
薬物治療1 レートコントロール治療
心房細動では一般的に心室の脈がはやくなります。どれくらいの心拍数になるかは個人差がありますが、1分間に200回近くになることもあります。脈がはやいとそれだけで動悸症状が出ますし、長時間にわたって早い脈が続くと心臓が弱ってしまうこともあります。
これに対して、心房と心室の連絡路である房室結節に働きかけて、心室に伝わる脈の数を減らし、心拍数(レート)をコントロールする治療を行うことで、動悸症状を和らげることができます。
レートコントロールに使用する薬剤は比較的副作用も少なく安全なため、脈がはやい心房細動に対して、ほぼ必ず行う治療といえます。一方で、心拍数が正常の脈と変わらないくらいに落ち着いても、心房細動による脈の乱れは是正されないため、動悸症状が残存することがあり、その場合は後述のリズムコントロール治療が必要になると考えられます。
薬物治療2 リズムコントロール治療
心房細動自体は抑えないまま、心拍数を下げることで症状の改善を狙うレートコントロールと違い、リズムコントロールでは心房での異常な脈を停止させ、正常な脈に戻すことを狙います。心房細動が停止あるいは予防でき、正常な脈を維持できれば、心房細動による動悸症状は完全に消失することになるため、症状の強い心房細動に対しては積極的に行うべき治療といえます。
しかし、薬物によるリズムコントロールには限界があります。まず、心房細動を抑えるために使用する抗不整脈薬に副作用が多く、長期間にわたり継続することに心配があることです。また、成功率が低く、最も強い抗不整脈薬を使っていったん心房細動が出なくなっても、数年の経過で半数以上の方が再発するといわれています。抗不整脈薬を使い分けながら何とか症状を抑えているうちにやがて慢性化してしまい、治す時期を逸してしまう、ということもありえます。
そこで、より確実なリズムコントロールを目指すために、カテーテルアブレーション手術の必要性を検討することになります。
非薬物治療 カテーテルアブレーション手術
カテーテルアブレーションとは、足の付け根の血管から挿入した管(カテーテル)により心臓の筋肉を焼灼(アブレーション)することで、心房細動を治す治療法です。
心房細動の多くでは、肺と左心房をつなぐ血管である肺静脈から出る異常な脈がきっかけとなっていることから、この肺静脈とその周囲を治療することで異常な脈が心臓の中に入ってこないようにする治療法が開発されました。これを肺静脈隔離アブレーションといい、使用する機器や手技上の進歩もあり、現在では心房細動治療法として確立されたものとなっています。
発作性心房細動では成功率70-90%と報告されており、前述の薬物単独によるリズムコントロールに比べると、その差は明らかです。しかし心臓の中に管をいれ、なおかつ傷をつけるのですから合併症もゼロではありません。大きな合併症を生じる危険は1%程度とされていますが、心臓に穴があき出血する心穿孔・心タンポナーデ、脳梗塞、左心房から食道に穴があく左房食道瘻(さぼうしょくどうろう)など重篤な合併症も含まれるため、行うにあたっては十分な準備をしておく必要があります。
治療方針の決定 – 心房細動を治すのか、つきあっていくのか –
脳梗塞や合併する疾患への対処をしっかり行い、レートコントロール治療で心拍数をある程度抑えていれば、現在わかっている限り、心房細動だけで寿命が縮む、というデータはありません。つまり、生命予後という観点だけでいえば、心房細動があっても別に困らないということです。
一方で、心房細動は進行性の疾患である、という一面があります。はじめは時々、ごく短時間だけ発作として起こっていたものが(発作性心房細動)、だんだん頻度が多く、1回の持続時間も長くなり、数日から数週間持続することも多くなります(持続性心房細動)。そして、5年・10年といった長い時間をかけて、心房細動が固定化し、正常な脈になることはなくなります(永続性心房細動・慢性心房細動)。同じ進行性の疾患である悪性腫瘍(「がん」)のように、それで死に至るというものではないのですが、慢性化した心房細動を治すことは現在ある限りの治療を行っても難しく、成功率は高くありません。
そこで、心房細動の治療を始める際に、まず、この心房細動を「治す」のか、それとも「つきあっていく」のか、決めておく必要があります。
「治す」とは、心房細動を停止させ、2度と起こらないようにしていく、ということです。そのためには、前述のように抗不整脈薬だけでは不十分であり、カテーテルアブレーションも含めた治療が必要になります。また、持続化・慢性化してからでは成功率が極端に下がるため、なるべく早期にカテーテルアブレーションを行い、先手を打って心房細動を制していく、ということが求められます。
「つきあっていく」とは、心房細動が持続化・慢性化していくことに逆らわず、動悸症状の悪化や脳梗塞・心不全を合併しないように周辺の管理をしていく、ということです。心房細動そのものは良性の疾患ですから、上手につきあっていくことができれば何も問題はありません。
この2つの治療方針については、カテーテルアブレーションという大きな治療を行うかどうか、というのが一つの決め手になります。カテーテルアブレーションの適応を考える際には、「症状」「成功率」「リスク」そして「年齢」を考慮して、総合的に判断する必要があります。
たとえば、症状が強く、まだ早期で高い成功率が見込まれ、特に合併症リスクが上がるようなこともないような若くて元気なひとは、カテーテルアブレーションを早期に行い、心房細動を「治す」べきである代表的な条件と思われます。一方で、ご高齢で、心房細動の症状がほとんどなく、慢性化していて成功率は低いような方は、あえてカテーテル治療は行わず、薬物を中心とした治療で「つきあっていく」べき代表的な条件と考えられます。
しかし、心房細動が見つかった多くの方は、その間の、どちらともいえないような条件である場合がほとんどです。このため、当科では一人ひとりの方とよく相談し、心房細動も含めた全身の状態を包括的にみながら、治療方針を決定するようにしております。
大事なことは、心房細動という病気を患者さんご本人がきちんと理解し、納得したうえで治療を行っていくことだと思っています。心房細動といわれたら、是非当院の外来へお越しください。