日常生活とセックスライフ
HIVに感染すると、自分がヒトにHIVをうつしてしまわないか、免疫力の低下した自分が病気をもらわないか、などのさまざまな疑問や不安をもつ方は多いです。また仕事や学校を辞めなければならないのではないか?もうセックスができないのではないか?などの考えが浮かぶ方も多いです。しかし結論からいうと、そのような心配はありません。
日常生活全般について
HIVに感染したからといって日常生活のたくさんのことを諦めなければならない、ということはありませんが、いくつか注意しておきたいポイントはあります。ほか、よく質問されることの多い事項について、以下にまとめました。これらはHIV感染症のみで日和見感染症や他の疾患を合併していない場合を想定しています。また主治医から特別に指示がある場合は、それに従ってください。
●は、抗HIV薬を内服している方への追加コメントです。
食事
食事の前には手を洗って清潔にしましょう。調理する時には手のほかに包丁・まな板などの調理器具もしっかり洗ってから使用しましょう。食べるものについても、体調が悪い時やCD4リンパ球が極端に低下しているときは注意が必要です。生もの(特に魚貝類、肉、卵)は急性胃腸炎を起こす可能性があるため、避けるかきちんと火を通してから食べましょう。また生肉などを調理したあとには手や包丁・まな板などの調理器具もしっかり洗ってから使用しましょう。同様に野菜や果物は生でもきれいに洗えば、特に皮を剥くようなものでは問題ありません[1]。新鮮でない食材や作ってから時間が経っているものも注意する必要があるでしょう。
●グレープフルーツは抗HIV薬の吸収に影響を与える場合があるため、通院先のスタッフに相談してください。セイヨウオトギリソウ(St.John’s Wort)含有ハーブティーは抗HIV薬の効果を減弱するため控えて下さい。
運動
症状がなければとくに制限する必要はありません。適度な運動をこころがけるようにしましょう。
仕事や通学
とくに制限はありませんが、動物と接する仕事では注意が必要となる場合があります(ペットの項を参照)。医療従事者の方は、標準予防策を遵守しましょう。
●ストックリンを服用している方は、車の運転や高所での作業、夜勤のある仕事、危険な機械の操作は避けたほうがよいため、通院先のスタッフに相談してください。
市販薬
市販の総合感冒薬・解熱鎮痛剤などは、服用しても問題ありません。
●レイアタッツを服用している方は胃酸を抑えるタイプの胃薬(ガスターなど)が吸収に影響を与えることがあるため自分の判断で服用することは避け、通院先のスタッフに相談してください。
サプリメント
通常は問題ありませんが、気づかないうちに肝機能障害などの副作用が生じている場合もあるため、常用する場合は通院先のスタッフに伝えてください。
●セイヨウオトギリソウ(St.John’s Wort)含有健康食品は抗HIV薬の効果を減弱するため控えて下さい。
酒
適量にとどめるようにしましょう(1日ビール500ccか日本酒1合程度にとどめたり、週に2日は飲まない日をつくるなど)。また、飲酒によってセックスが無防備になることあるため[2]、注意が必要です。
●飲酒によって服薬がおろそかになることがあるため[3]、注意が必要です。飲酒自体は抗HIV薬の作用には影響ありません。
たばこ
喫煙によって肺癌だけでなく、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)、脳卒中、肺気腫などの疾患が増加します。またHIV感染者であること自体が肺癌のリスクであるといわれています[4]。
喫煙は健康に対して害となるため、禁煙しましょう。長期に喫煙習慣のある方は自分の意志でやめることが困難な場合、医療機関の禁煙外来を受診すれば、禁煙補助薬やスタッフのサポートにより効果的に禁煙できます。
旅行
食事に関する注意は通常と同じですが、川や湖の水を飲んだりすることは避けましょう。特に海外では生水を飲むことは避け、ペットボトルの水を購入するのが安全でしょう[1]。衛生状態のよくない地域では、氷の入った飲み物や、生水で洗った生野菜や果物も注意が必要です。
●
時差があるところへ行く場合は、服用時間について通院先のスタッフに相談してください。万が一紛失したときのために、薬剤を2箇所以上に分けて持って行くと良いでしょう。
ペット
下痢をしている動物とは接触しないようにしましょう。猫はトキソプラズマという病原体をもっていることがあるため、糞の処理はほかの人におねがいするか、処理した後は手をしっかりと洗いましょう。噛まれたり引っ掻かれたりしたら石鹸と水で洗い、病院を受診しましょう。カメなど爬虫類はサルモネラ菌をもっている場合があるため触れた前後はしっかり手を洗いましょう[1]。
他院の受診
歯科や肛門科を受診する際、出血の可能性のある手技をするときにはHIVなどに関わらず全ての受診者に対して手袋を用いて診療するはずですが、気になる方は主治医を通じて紹介してもらうとよいでしょう。
健康診断
HIV検査は本人の同意が必要とされていますので、職場の健康診断等で勝手に調べられることは通常はありません。
心のケア
HIVは長期にわたってつきあうことが必要な病気です。とくに医療者以外の誰にもHIVのことを話していない場合など、日常生活をしていてしんどくなる方もおられます。普段と違って気持ちがしんどい場合には、少し時間をとって遊びに出かけたり、ゆっくり過ごしたりと、なじみのある気分転換を試みましょう。気持ちが落ち込んで何をしても楽しくない、眠れない、集中力や注意力が落ちる、といった症状が長く続く方は、精神科の受診やカウンセリングが助けになるかもしれません。通院先のスタッフに相談してください。カウンセラーが常駐していない病院でも、各自治体が整備しているHIV感染者の方のための派遣カウンセリングが利用できる場合があります。
●ストックリンを服用している方は、副作用で気分の落ち込みを生じることもありますので、通院先のスタッフに相談してください。
ドラッグ
ドラッグ(覚醒剤など違法薬物)は周囲の人との関係を壊すもとになったり、連用すると脳などに後遺症が残る場合もあります。使用はやめてください。またドラッグを使うとセックスが無防備になってHIVやほかの性感染症をうつしたりもらったりする原因となったり、服薬や通院がおろそかになりHIVの治療失敗の原因となる場合もあります[5]。ほかにも注射器や針を共用すると、HIVだけでなくB型肝炎・C型肝炎感染の原因にもなります。違法薬物でも、最近は別の名前がついていて一見そうとはわからないものも少なくないので注意が必要です。やめる・やめ続けるのに支援が必要な場合は、通院先のスタッフに相談してください。
ワクチン
B型肝炎はHIVと同様にセックスや血液への暴露でうつることのある病気です。かかったことのない方は、B型肝炎ワクチンを接種しておくことが薦められます。また季節性のインフルエンザワクチンも毎年の接種が薦められています。ただし、生きている病原体が含まれている「生ワクチン」(水痘、麻疹、風疹、ムンプスなど)は、免疫力が低下している時は接種してはいけません。主治医と相談して決めるようにしてください[6]。
医療費や生活費
HIVは定期的に通院することがとても重要な病気です。金銭的な問題でそれが困難なとき、公的な医療費の助成制度や給付金などの社会制度を利用できる場合があります。これらの制度は、申請を行わないと利用できません。医療費や生活費について心配がある場合や、制度を利用する際にプライバシーが守られるか心配だという場合には、ソーシャルワーカーなど通院先のスタッフに相談して下さい。お金がないからと通院を止めてしまうことを決められる前に、まずはご相談ください。
感染の機会について
HIVは、感染している人の血液・精液・膣分泌液・母乳に多く存在します。感染が成立するためには、これらHIVを含んだ体液が相手の血流に入ることが必要です。これらの体液が傷ついた皮膚に触れると感染の可能性がありますが、正常な皮膚に触れても感染することはありません。粘膜は容易に傷つきやすいため、これらの体液に触れると感染の危険が高くなります。唾液、便、涙、汗、尿にはHIVはほとんどもしくは全く含まれません。具体的にはHIV感染にはおもに3つの経路があり、セックス(精液・膣分泌液・血液との接触を伴うもの)、注射針の共用、母子感染です。
食器・トイレ・お風呂・洗濯機の共用、握手、くしゃみなどでうつすことはありません。ただし歯ブラシとカミソリは共有しないほうがよいでしょう(これらによってHIV感染することが確認された訳ではありませんが、理論上有りえることから念のために行う注意事項です)。蚊による伝播の可能性について心配する人もいますが、蚊で伝染する病気はマラリア、日本脳炎、デング熱など限られており、HIVは伝染しません。また蚊の吸う血液の量は感染を媒介するのに必要な血液の量よりも少ないこと、蚊は血液を吸うだけで人へ血液を注入するわけではないこと、マラリアなど蚊の媒介する疾患の流行地域でも同じようにHIVが流行しているわけではないことなどから、蚊が媒介することはないと言われています。
以上のようにセックス以外の日常生活では人にHIVをうつすことはまずありませんが、HIVに感染している人や周囲の人は、更なる注意をしたいと考える人が多いです。けがなどで出血をしている時は、誰かの皮膚に付着してもその人の皮膚にけがや皮膚疾患がなければ感染させることはありませんが、可能であれば自分で手当をしましょう。血液が床などにこぼれた場合、耐水性の使い捨て手袋をして、使い捨ての布などで拭き取り掃除をすれば安心でしょう。大量に出血した場合は拭き取ったのち、0.1%次亜塩素酸ナトリウム(ハイターの場合、50mlを水1リットルで薄めて使用)で床を拭けば大丈夫です。使用した手袋、布、絆創膏などは、ビニール袋に入れてから捨てます。衣服などに血液がしみこんだ時は、0.1%次亜塩素酸ナトリウムに30分以上浸してから洗濯しましょう。
セックスをする場合、精液(先走り液を含む)・膣分泌液・血液(生理を含む)・母乳などの体液が、相手の粘膜(口の中・眼・尿道の先・膣・直腸など)や傷口のある皮膚に直接触れる行為をする場合、感染する可能性があります。この場合にはコンドームやデンタルダムなどを使用すれば、体液が直接触れないので安心です。すでにHIVに感染している人同士でも、セックスでうつる病気はHIVだけではなく、B型肝炎やクラミジア、淋菌、梅毒などがあるため、こうした対策を行いましょう。抗HIV薬によって血液中のHIVが検出限界以下に抑えられていても、精液中などにはウィルスが検出される場合もあります。また相手が自分とは異なるタイプのHIVを持っていて、それが、抗HIV薬が効きにくいタイプの場合もあるため、コンドームなどの対策は必要です。
周囲の人への告知について
上記のような予防策をとらずにセックスをした相手など、感染の可能性のある人に対しては、感染していても無症状のことも多いため、HIV検査を受けてもらうようにできる限り伝えることがすすめられます。
その他の人に対しては急がなくてもいいですし、職場や学校、親しい人や家族に、HIVに感染している事実を伝えなければならない、ということはありません。一方、自分にとって重要なことを大切な人に隠しておくのはつらいことですし、理解のある相手であれば、告知をすることであなたのサポートとなってくれるでしょう。また通院や体調不良で休みが必要となる場合には、職場の上司と話し合うことが必要になるかもしれません。ただしその場合も、気持ちと知識の整理がついてからのほうがいいでしょう。もしも告知をする場合、事前に考えておきたい点がいくつかあります。
- 自分がHIVに感染していることをなぜその人に伝えたいのか?伝えることで、何を期待しているのでしょうか。
- どのような反応が予想されるでしょうか。相手がどう受け止めるかは、あなたにはコントロールできません。一度伝えたら、そのことを相手が忘れることはないでしょう。
- 感染の事実を伝えるだけでなく、HIV/AIDSのことを相手に理解してもらえるように、必要な情報を自分で説明できるようにしておいたり、病気の説明をしたパンフレットなどの準備をしておくこともいいかもしれません。
さらに詳しくお知りになりたい方のために、当センターでは次のパンフレットを用意しています。
「あなたと、あなたのいいヒトへ」
多くのHIV陽性者の方が日常生活やセックスについて不安を感じたり、疑問に思う事の中で代表的なテーマについて、主にQ&A形式とコラムで説明していきます。
作成:
厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業
「HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究」班
大阪医療センター HIV/AIDS先端医療開発センター
「Healthy&Sexy」
ヘルシーなセックスライフのためのいくつかのポイントをまとめています。
作成:
厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業
「HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究」班
大阪医療センター HIV/AIDS先端医療開発センター